2014年10月28日

あなたがそのゲームを「もう一回やりたい!」と思うワケ

……なんだか最近タイトルがこなれてきましたね。

さて、ゲームを制作するとき、どんな人でも、ある程度「こんなゲームにしたいなぁ」という理想を描くのではないでしょうか。それはシステムやコンセプトも当然あるのですが、もっと広く、「こんな風に遊ばれたいなぁ」とか、「何度も遊んでもらえるようなものにしたいなぁ」とか。

昨日、twitterでフォローさせていただいている「こっち屋のゆおさん」のつぶやきで、「リプレイ性の源泉は何か」というものを見つけました。
確かに、これまで「何度も遊んでもらいたいなぁ」とは思うものの、「じゃあ、そのためにどんな要素が必要か?」ということまで踏み込んでは考えませんでした。

この「もう一回やりたい!」というトリガーをひくことは、広く普及するゲームにとって不可欠な要素といえます。
例えば、究極のもう一回やりたいは「将棋」「囲碁」「麻雀」などですよね。これらはそれぞれが一つのジャンルとして確立され、プロ(1年にそればかりを何百回とやる人達)がいる世界です。
ボードゲームも、この「もう一回やりたい!」を重視することで、日本市場においてより存在感を高められるかもしれません(単にアブストラクトで考え所を深くしろ、というわけではありません)。

せっかくの機会ですので、自分なりの考えをブログにまとめてみようと思います(ゆおさんの方では既にいくつか結論を出されており、重複する部分も多いのですが、ご容赦ください)。

【3つの軸で「もう一回やりたい!」を分解してみる】

まず一つは、「誰にとって」もう一回やりたいのか。これは分けて考える必要があると思いました。
仮説ですが、ボードゲームに限らず「ゲーマー」と「ノンゲーマー」(この名称が良いのか不明ですが…)では「もう一回やりたい!」の勘所が異なる可能性は高いと思います

※ゲーマーやノンゲーマーと言ってもその中でも、更に細分化はできるのですが、今回は分かりやすさを重視してこの2つにざっくり分けてみました。

更にいつ「もう一回やりたい」と思うかによっても、その要素は異なるのではないかと考えました。
つまり、「ゲーム後すぐ」に「もう一回!」なのか、「しばらく経って」から何かの折に「そういえばあのゲームまたやりたいなぁ」なのか。これはどちらも、リピート性が高いと言えるのではないかと。

最後に「もう一回やりたい!」そのものについて、大きく分けて「悔しかった」からもう一回やりたいのか、「楽しかった」からもう一回やりたいのか。
この2つの感情に分かれるのではないかと仮説を立ててみました(悔しい、楽しいは完全に区別できるとは思いませんが、どちらが感情として強いか、という話で考えます)。

つまり、まとめると…

(ゲーマーorノンゲーマー)×(すぐにorあとで)×(悔しいor楽しい)

厳密に分ければ全8通りの「もう一回やりたい!」があるのではないでしょうか。
それぞれの要素を意識しながら、ゲーマーとノンゲーマーに分けて書きだしてみましょう。


【ゲーマーの「もう一回やりたい!」トリガーを引くために】

ここではゲーマーの持つ要件を以下のように定義してみます。
・遊びつくしたい
・極めたい(強くなりたい、うまくなりたい)
・システムを楽しみ、新たな発見・体験を求めている

思わずゲーマーが「もう一回やりたい!」と言ってしまうゲームは以下のような特性があるのではないでしょうか。

1. 「してやった」「してやられた」感がある

運の要素はあるのもの、確かに相手が一枚上手で、「してやられた」と感じさせるゲームは猛烈に悔しいし、逆に「してやった」時は最高に気持ちよく、いずれも「もう一回!」につながりやすそうです。
相手を作戦で上回った、作戦負けした、などが明確に分かるのは重要そうです。ここにランダマイザーが介入することで、毎回その作戦でいけばいいものでもない、という余地(詳しくは下記3)があるとなお良さそうです。
加えて、「どうしても試してみたい戦術があるが、実際うまくいくかは分からない!」という状況も、「もう一回やりたい!」のモチベーションになりえそうですね。

2. 感動体験がある

美味しいイタリアンに巡り合えば、1ヶ月後くらいにまた行きたくなります。
同様に、「これは新しい!」「これはすごい!」と思わず感じたゲームは、後になっても記憶に残っています。例えば、誰かのゲームレビューを読んだり、似たシステムのゲームを遊んだ時、「そういえば、あれ、またやりたいなぁ」と思い出されるものです。
ゲーマーズゲームの場合の感動体験は、システムの斬新性やゲームテーマとの調和性であったりすることが多いと思います。

3. 思考の余地が大きい

できることが多く、正解(これが最も勝ち近い1手)が見えにくい工夫がされている。
ゲーマーは底が見える、正解が見えるとリプレイ欲を失う傾向にありそうです。
「ああ、これはこういうゲームだね」と言われてしまえば、ゲームの寿命が縮まりそうです。
ただし、複雑化しすぎると、今度は思考放棄につながりやすくなるため、ここはバランスが求められそうです。今度はきっと「なんか色々できるけど、よく分からん」と言われます……。

4. 選択肢によって全く別のプレイ感になる

これは少しベクトルの違う「もう一回やりたい!」です。
人狼やテラミスティカのように役職やキャラクターによってプレイ感が異なる作品は、「もう一回」というより「これもやってみたい!」となり、ゲームとしての寿命が長くなる傾向にあります。一方、バランス取りが難しくなるため、全てをプレイした後に、1や2の要素が残されていないと、その先は続かないかもしれません。
逆に無限に近い組み合わせを実現できるのであれば……?

5. 「もう一回やりたい!」の気持ちが、「面倒くさい」を超えている

いくら、1〜4で「もう一回やりたい」という気持ちが醸成されても、それが「面倒くさい」のハードルを越えなければリプレイされません。
ボード―ゲームにおける面倒くささの源泉は、「プレイ時間の長さ」、「セットアップの煩雑さ」、新規メンバーを交えてやる場合は「インストの煩雑さ」など、多岐にわたります。
ゲーマーの場合、「面倒くさい」に対する耐性が高いことが多いですが、それでも1〜4の要素と5のバランスは制作において無視できない要素です。


こう見ると、おそらく、3か4だけを満たしているゲームでは充分じゃないでしょう。
1や2がかなり重要で、3と4がそのフレーバー、5は必要条件、という感じでしょうか。

当てはまるものを探していくと、すぐ頭に浮かんだのは世界的に人気を博している「ドミニオン」でした。
多分以下のような感じかと思います。

1. 自分の山札のランダマイザー機能により運要素もありながらも、明確に戦術に差が出てくることで、勝敗に影響を与えるため、「してやられた」「してやった」感を醸成している。

2. ゲームをしながらデッキビルドという全く新しいシステムによる感動体験がある。

3. 正解はない、もしくは分かりにくい。考える余地が深いものの、選択肢は多すぎないレベルになっている。

4. 初期セットによってゲーム展開、戦術が異なるため、「次はこれでやりたい」となりやすい。さらに組み合わせが非常に多いため、遊びつくせないボリュームになっている。

5. 全体的にセットアップが煩雑だが、1〜4による「もう一回!」の強さが、「面倒くさい」と思わせる気持ちを超えている。


【ノンゲーマーの「もう一回やりたい」のトリガーを引くために】

ライトゲームを作ろうとしている私にとって、こちらがより重要です。
ゲーマーとは異なる部分と、また同様の部分もありそうです。
書いてみると、ゲーマーとは重視しているものが違うことが見えてきました。

1. プレイ時間の短さ、セットアップの簡単さ、ゲーム分かりやすさ

ゲーマーと違い、ここへの耐性が低い(「あくまでゲームでしょ」という考えがある?)ため、ここのハードルがあがると急激にリピート性が落ちそうです。
個人的な感覚ですが、プレイ時間は30分まで、セットアップは将棋くらいまでかな、と考えています。分かりやすさについては、5分で説明できて、覚えることが7つ以内で、そのほとんどがプレイしながら理解できるもの、でしょうか。一度プレイして、大体わかったからもう一回!と、「面白さがどこにあるのかが分かりやすい」のも重要でしょう。

2. ドラマ性がある

システム的にすごいという感動よりも、ゲーム内で起こるドラマ(劇的な展開)のほうが、彼らの記憶に残りやすいのではないでしょうか。
分かりやすいのは百人一首の「坊主めくり」。このゲーム、システムとして運しかないわけですが、姫を連続で引きまくって最後に坊主で手放すという一連のドラマが面白さの源泉になっています(逆に展開次第では全く面白くないわけですが……)。次はどんな展開になるのかな、という期待は強い「もう一回やりたい!」のトリガーになりそうです。

それを作る方法として、会話をする機会を与えることが重要そうです。
なぜなら、彼らの目的はゲームそのものを楽しむというよりも、ゲームとその空気感を楽しむことにあると考えています。そのため、各プレイヤーが話す、茶々を入れる、アドバイスをするなど、話す機会を促進しているゲームは、ドラマが生まれやすくなるでしょう。

3. 大負け、大勝ちにならない

彼らにとって勝ち負けはさほど重要ではないものの、僅差での負けや勝ちはドキドキする体験になり得ます。逆に大差での負けや勝ちになりえるゲームは、「もう一回やりたい」を阻害する要因になりそうです。
単純に運要素を大きくして競技性を無くせ、というわけではありませんが、良いバランスがとれている必要はありそうです。入念なテストプレイによる調整が肝ですね……。


個人的には1と2の要素が特に重要と考えています。

具体例を挙げれば、やはり「カルカソンヌ」(草原無しルール)でしょうか。
つい先日、会社の同僚を家に呼び、ゲーム会を開催したところ、それから毎日のように「あの城つくるやつやりたい」と言われ続けています。名前は決して覚えてくれませんが(笑)、すごいゲームだなぁと改めて敬服です。

1. タイルを積み上げて、スタートタイルを置くだけ。30分でできて、やることはタイルを置いて、ミープルを置くか置かないか。やりながら教えられる簡単さ。

2. 大きく広げた城が、奇跡的に収束して完成したり…。育てに育てた城を相乗りされ、さらに乗っ取られたり…。あらゆるドラマ要素がちりばめられている。また、アドバイスをしながらできるため、会話も弾む。さらに、最終的にできるカルカソンヌの城下町は毎回違い、そこにもドラマ性が潜んでいる。

3. 得点を取るのが比較的簡単であるため、上位との点差がつきにくく、あと一歩で負けた悔しさを醸成している。

【まとめ】

結局のところ、リプレイ性が高いというのは、良いゲームの条件の一つですから、今回挙げたのは、良いゲームたる要素なのかもしれません。
いずれにせよ、誰にとっての「もう一回やりたい!」なのかは少し区別が必要かなぁと思いました。

私がゲーマーに遊んでほしいゲームを作るなら、「戦術レベルの深さ」×「システムの新しさ」を指標に使いたいです。

一方、広く色々な人に遊んでもらうゲームであれば、「ドラマ性を演出できているか」×「煩雑さのハードルは低いか」を指標に使います。これに加えて、ドイツゲームらしいジレンマ体験をうまく提供できれば、総合的に私が作りたい良いゲームかなぁと。

再認識したのは、やはり「誰に」っていうのはとても大事な考え方で、ノンゲーマーに対するキーワードとして出てきたのは「ドラマ性」。これがかなり自分のやりたいことに近いかなぁという気がしたのでした。

Special thanks こっち屋 ゆおさん
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posted by らりお at 15:05| Comment(2) | ボードゲーム制作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

心に残るアイデアを伝えるためのチェックリスト

自身でボードゲームを作っているとき、「そもそもこのゲームの面白いポイントは何?」と自問自答すること……制作をしている方ならあると思います(私は今まさにそこに囚われています…)。別にゲーム作りをしていなくても、大学のレポートでも、仕事の報告書や企画書でも、読み手や遊び手がいるものならなんでもいいです。

簡単にいえば、「この中で何を一番伝えたいか」ということを考えて、いざ伝えようとしたときのことを思い出してみてください。

相手にそれを伝えた結果は、大抵の場合、極端に二分されるはずです。

1. 相手がピンときて、長い間それについて覚えておいてくれて、時々「そういえばあの件だけど」と尋ねてくれるもの。更に口コミまでしてくれるもの。

2. その場では聞いてくれて、分かったように頷いてくれたものの、その後フォローはなく、いつの間にか忘れ去られているもの。

私は結構読書が好きで、セミナーなども好んで行く方です。
ですが、その中でも未だに鮮明に覚えており、今も自分のものとして根付いているのはごく一部です。
有名なヘルマンの忘却曲線は24時間で人は今日覚えたことの75%を忘れることを示しています。私の場合、たぶん90%は忘れています……。

さて、ゲームを作るにせよ、広告を打つにせよ、私たちには「相手に正確に伝える」ということと、「伝えたことを長期間記憶に残してもらう」必要があります。
前者は単純に、ゲームの説明書を読んで理解してもらえるレベルにするということですね。これは既に様々な枠組みが紹介されていますし、ネットで検索すればチェックポイントも出てくると思います。

では、後者についてはどうでしょう。
「そもそも長期間覚えてもらう必要があるの?」「情報社会だからその場でRTしてもらえれば十分じゃん!」という意見もあるでしょう。
私の考えは、「情報が多いからこそ、私含めて人は記憶の取捨選択をシビアに行っているし、記憶に残らないものはいくらRTされても意味がなくなりつつある」というものです。
また、「長い間覚えていただけること」はブランドとして人々の心に根付くことですし、日常の中で何かのきっかけで「欲しい!」というトリガーにつながる可能性があります。

逆にいえば、どんなに良い研究成果を上げようが、ゲームを作ろうが、相手に伝わって覚えてもらい、試してもらわなければ意味がないわけです。
コミュニケーションは受け手が決めるという考え方があります。これは何かを言って伝わらなければ、それは伝えている人に原因があるというものです(例え相手に聞く気がなくても、聞く気にさせるのがこちらの役目と考えます!)

成長していくボードゲーム市場。
たくさんの創作ゲーム、輸入ゲームが出てくる中で、自分たちの作品を遊ぶために、「何を伝えるべきか」。
こんなことを考えていたところ、ある運命的な本に出会いましたので紹介させていただきます。

それは「アイデアのちから」(著:チップ・ハース、ダン・ハース)という書籍です。

ここでは、長期間記憶にとどめてもらえるアイデアには6つの法則がある、ということが紹介されています。
その6つは下記の通りです。

1. 単純か?
2. 意外性があるか?
3. 具体的か?
4. 信頼性があるか?
5. 感情に訴えかけているか?
6. 物語性があるか?

私自身の考えも交えて、少しだけそれぞれ紹介します。

1. 単純か?

当たり前かもしれませんが、記憶され、人に話したくなるアイデアやメッセージはとてつもなく単純です。
「3つ言うことは何も言わないことに等しい」「これ以上削るものがなくなったら最高の作品だ」という言葉がとても印象的でした。

自分たちのゲームのプロモーションという話になると、とにかく「こんな機能もあるよ!」「こんなとこも楽しいぜ、こだわったぜ!」と言いがちです(少なくとも私は言いたい!)。けれど、単純化されたメッセージの方が、よく伝わるものです。

2. 意外性があるか?

オチが予想できない。「CMのあと…衝撃の結末!?」というやつです。
人は予定調和を嫌いますが、一方で「あーこのパターン知ってる。これだろ?」と当たりをつけているものです。そこを見事に裏切ると、記憶に残るわけです。
ここで面白いのは、一度「これ知ってるよ!」と思わせるという点ですね。いきなり衝撃の結末を知らせても、ポカーンとか「嘘乙」で終わる可能性があります。

例えば、「これは人狼ゲームです。……ただしプレイヤーは全員村人で、しかもジェスチャーしかできません!」と仮にいえば、「人狼といえば、村人と狼の会話型正体隠匿ゲーム」という予定調和を裏切り、意外性を作れそうですね。

3. 具体的か?

本の中で紹介されていた例は、「ザボンという果物について文章で説明してください」というものでした。Wikiで調べれば色々出てきますが、めちゃくちゃ難しいわけです。
一番シンプルな答えは「大きいグレープフルーツ」ということ。これで味も見た目も色も形も、必要そうな要素は大体伝わります。
先ほど2で出した例に近いのですが、既に知っているものを利用すれば、相手に伝わりやすい。私の中でザボンっていうのは、そもそもドドリアさんの友達みたいなイメージだったのですが、今では完全に「大きいグレープフルーツ」のイメージで定着しています。

私のコラボの発想同様、既にあるものを利用するのは相手に伝えるときに、大きな武器になりますね。

4. 信頼性があるか?

無名の私が、ライナー・クニッツィアさんが現在頭の中で描いているゲームと全く同じものを、彼より早く開発できたとしましょう。
さぁ、これ面白いでしょ!? もうドイツゲーム大賞とっちゃうでしょ!?
しかし、そうはなりませんよね。それは私には信頼性がないから。これはブランド価値と言ってもいいかもしれません。一部の遊んでくれる人で価値を認めてくれる人はいるかもしれませんが、限度があります。

信頼性を担保する方法として、客観的なデータを使う、権威のある人に代わりに伝えてもらうなどがあります。人は定性的なものより、定量的なものに納得しやすいため、大事な何かを伝えるときは、数字との関連づけが重要かもしれません。

5. 感情に訴えかけているか?

メッセージを読んだり、話を聞いた時に、「え、なにそれ怖っ!」とか「かわいそう…」などの感情が自分に浮かび上がってくるとき、その話はたいていよくできています。
最近のボランティアの募金集めでは、「貧しいアフリカの子供たちに寄付しよう!」とはあまり言わないそうです。なぜなら皆が「ふーん」で終わってしまうから。確かに「大変だなぁ」と思うかもしれませんが、アクションにつながるほどの感情を呼び起こしません。

では、実際ボランティアではどのように言っているのか。
例えば、「5歳のジェシカは、毎日一切れのパンと泥水で生活しています」と呼びかけられています。

どう考えても、前者より後者のほうが胸に来るものがありますよね。
これは3の「具体性」にも関わってくるのですが、人は「大勢」よりも「個人」に弱い傾向にあります。それは想像しやすく、感情移入がしやすいことによります。
つまり、ゲームを作って紹介メッセージを考えるときには、まさに「あなた」に向けてそれを書くべきだということです。感情に訴えかけるとは、すなわち共感を呼ぶことでもあります。このゲームを遊んでほしい「あなた」に限定すると、刺さる言葉は意外に限られてくるかもしれません。

6. 物語性があるか?

そもそもイソップ童話などは、当然文書としても残されていますが、それだけで2000年以上も生き残ったわけではありません。人々がこの話を語り継ぎたいと思ったから残っているわけです。
なぜそう思ったのでしょうか。
それはここに物語性=教訓があるからです。
私が未だに覚えている物語は、「イチロー選手は子供のころ、暑い日も寒い日も、毎日バッティングセンターに通い続けた」というものです。めちゃくちゃ単純で、たぶんイチロー以外もそんな子供はたくさんいたはずですが、彼の実績から来る信頼性、単純さ、そして「たゆまぬ努力の積み重ねが成功につながる」という教訓がそこにあったからです。

そのメッセージから何か新しく得られるもの、自分の将来に影響を及ぼしそうな何か(ごく小さなものでも)があれば、それは記憶に残り安く、語り継がれるものになるようです。


さて、ここまで書いてきましたが、実は今私の手本にこの本はありません。
2か月前に読んだ本をここまで覚えているのは、この本そのものが法則に従って書かれているということを思い知ります。上述の内容はごく一部のエッセンスに過ぎず、他にも「経済なんだよ、バカ!」の話とか、「軍の食堂のシェフ」の話とか、「腎臓泥棒」の話とか…とにかく具体的に分かりやすく書かれており、楽しく読めます。
アフィリエイトでもなく、出版社の人間でもないですが、素直にお勧めできる本です。

読まずとも、上記の6つは相手に売り込む、伝えるときのチェックリストとしても有用かと思います。正直な話を言えば、全てを同時に満たすことは非常に困難です。
だって、ストーリー性があって、単純であるというのがそもそも難しいでしょ(笑)
ただ、これらの要素を意識して伝えれば、より相手の心に残るものになるのではないでしょうか。

これから、日本のボードゲーム市場は制作者が増えて、同人製品があふれるようになると思います。その中で、「遊んでもらいたい」という欲求を満たすためには、ゲームとしての面白さはもちろんのこと、伝え方が重要になるはずです。このチェックリストが、何かの折に皆さんの記憶にポップすれば、幸いです!

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こたつパーティー(こたパ)
「あなたの毎日に、もっとボードゲームを!」
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2014年10月07日

【コラム】ボードゲームのコラボ先について考えてみる

約1カ月ぶりの投稿となります。今回から普通の文体で書いてみようかと……。

正式にボードゲーム制作プロジェクトもスタートし、こちらのブログの更新が遅くなってきました。隔週〜月1で更新できたらと思いますが、自分の中での課題や書きたいことがあれば書く、という方針で参ります。

さて、前回の記事はtwitterでは100RT以上の反響があり、まずはお読みいただいた皆様に感謝です。またコメントも多数お寄せいただきありがとうございました。
twitter上などでのコメントも一通り読ませていただき、やはり「コラボしかない!」と断定した部分に関しては、否定的な意見が多かったですね。

今回のエントリーでは、「ボードゲームのコラボ」について、私なりの考え方をご紹介できればと思います。私の定義している「コラボ」と、ブログを読んでいただいた方の「コラボ」の受け取り方には若干の乖離があるかもしれません。それはもはや「コラボ」じゃねぇよ、と言われるやも(笑)

さてさて、そもそもこのブログのテーマは日本のボードゲーム市場規模を、5年以内に現状の約10〜15倍(と予測される)の100億円に持っていくためにはどうすればいいか?ということがテーマです。
そのためには、そもそも我々の定義するところの「ボードゲーム」という存在を認知していない方が非常に多いのが問題であると提起してきました。

※いきなり余談ですが、先日、Facebookで「最近ボドゲにハマってる」というポストをしたところ、旧友や会社の同僚などから「ボードゲームって人生ゲーム、モノポリーのこと?」みたいな反応を多数いただきました…。

つまり、「知って」、「試す」というフェイズにまで持っていければ、市場の広がりが期待できるだろうという仮説に基づいているわけですね。そして当然その先には「どう日常の中で使ってもらえる存在になるか」ということを提案していく必要もあるでしょう。

現状のボードゲーム業界を客観的に見てみると、多くのゲームのターゲットは当然現在のプレイヤーです(そもそも大半が輸入ゲームの日本語版)。つまり、すでにボードゲームを知ってプレイする楽しさを知っている人たち、私やこのブログを呼んでいるようなマニア(?)な方々ですよね。もしくは、同人業界でいえば、海外市場に目が向いているサークルさんもいらっしゃいますね。

つまり、目線は「内向き」+「超外向き」になっていて、国内でのちょうどいい「外向き」の活動が非常に少ないと感じます。だから「知られる」という部分が弱いのではないでしょうか。
今は、既存のボードゲームプレイヤー周辺の人たちを巻き込んでいくことで少しずつ増える、という構造になっています。
「別にそれでいいじゃん!」「そんなに人増えても困るわ」って意見もあると思いますし、私は全くそれらの意見に反対しません。ただ、あくまでこのブログの趣旨は「5年以内に100億円」ですから、今のままでは物足りないのですね。

では、まずどう知ってもらおうかということになるわけですが、現在の日本で最も影響力があるのはマスメディア、特にテレビを使うことです(影響力は落ちてきていると言われていますが、依然やはり強いなと感じます)。もしくは有名人を使ったPRを起こすこと。このあたりの影響力は図り知れません。

しかし、これには当然カネと人脈、そして話題性が必要です。

例えば、日本におけるボードゲーム市場の成長性と経営者としての能力を買われて、ベンチャーキャピタルから出資を受けて、全面攻勢に出るというやり方はあると思います。ただ、非常にリスクが高く、やる人がいません。資本力のある大手おもちゃメーカーすらそれに着手しないのは、リスクが高すぎるからです(つまり、結果が読めない、ギャンブルに近いと思われている)。

なら、どうするか?
実現可能性ということを考慮して評価すると、外向きに対してできることは「コラボ」だと思うのです。

「コラボ? それこそ莫大なお金がかかるだろ」という尤もな意見が飛んできそうですが、私の考えるコラボは「アニメなどのコンテンツと組む」ことではなく、「ボードゲームと全く関係のないあらゆるものと協力する」ということです。

つまり、ボードゲームというジャンルが外の世界とつながることが重要と考えます。例えばそうですね…。

2014年GM春の「理想の納豆」はまさにそれですね。

http://matome.naver.jp/odai/2140166963502558501

ポイントは「全国納豆協同組合連合会公認」ということです。
単に納豆をモチーフにしたゲームでは、外部に知られる機会が薄いですが、外部組織の権威づけを得ることで、「話題性」「その団体の周辺へ飛び火」できます。
これが外へ認知を広げる手段として、「Win-Winを維持しながら」できる良い手法だと考えています。

例えばこの話題性がメディアに取り上げられるきっかけになるかもしれません。
例えばこの団体の誰かが良い人脈を持っていて、新たな展開につながるかもしれません。

全ては可能性の話ですが、こういった方向性にも種をまくことが、現在制作サイドとしてできる範囲の中で、とても重要かと思います。

コラボを考える際に気をつけたいのは、Win-Winを意識することですね。
例えば、「ようかいウォッチ」とコラボしたいと思っても、パワーバランスが全く釣り合わない。ボードゲーム制作側から与えられるものは「お金」になってしまい、当然支払えないでしょう。

団体は小さい、あるいはそこまで世間の認知がされていなくてもいいと思います。
ボードゲームが与えられることとして、「ゲームを通して何かを理解してもらう、問題を認知してもらう」は重要な要素だと思います。例えばその団体はNPOでもいいし、市町村でもいいし、零細企業や業界団体でもいいでしょう。

これは私が就職活動をしていたときの話です。
ある商社の説明会に行った際、「商社の仕事とはなんぞや?」を理解してもらうために、商社ゲームなるものが行われました。これがなかなか本格的で、どことパートナーを組んで、どこに投資するか。また途中でランダムイベントが起き、それに対してどのように対応するか。適度なジレンマもあり、相手チームとのかかわりもあったので、かなり白熱しました。
また、それだけではなく、きちんと「商社の仕事とはなんぞや?」が分かったんですよね、終わったあとに。少なくとも流れや雰囲気や、その仕事において何が重要なのか、ということが。
その時はゲームを作るなんてことを思いつきもしませんでしたが、何かをPRしたり、何かを理解してほしいという時の導入方法として、ゲームほどしっくりくるものはないなと今になって思います。

例えば「理想の納豆」はゲームとしても面白いのはさることながら、実は「納豆は混ぜれば混ぜるほどおいしい!」わけではなく、「ちょうどいい混ぜ具合がある」ということを体験できる良い題材です。終わったあとに、確かに納豆を食べたくなるというのも、PRの役割を全うしてくれています。

何かを伝えるとか、良さを分かってほしい。企業や団体のメッセージは今どんどん伝わりにくくなっています(お客さんが聞く耳を持たなくなっていたり、似たようなものが多すぎる)。そんなとき、伝えたいことをゲームとして理解してもらうということに、私はとても可能性を感じています。
まぁ、この話をすると教育、広告がメインになってしまって、ゲームとしての本来の面白さが!っていう話も出てくるわけですが、そこは工夫で両立にトライするというものでしょう!(投げやり

あらゆる外部との「コラボ」に勝機(商機)があるのではないか、という仮説は、こういうことを意味していました(ちなみに、カフェとかバーでボドゲを遊んでもらうというのも立派なコラボですよね)。

この話は制作サイドとして、「私が今できることは何か?」という目線で書いています。パワーを持てば持つほど、「コラボ」の選択肢は広がります。相手に与えられるWinを大きくしていくことはとても重要ですね。

ところで、私は現在ゲームマーケット春2015に向けて、ボードゲーム制作プロジェクトを進行しております。このたび、名称やWeb siteが立ち上がりましたので紹介させてください。

【ボードゲーム制作プロジェクト情報】
名前:こたつパーティー(略して「こたパ」で覚えてください!)

WEB:http://www.kotatsu-party.com/ 
(現在は暫定版。デザインなど随時ブラッシュアップされます!)

ブログ:http://kotatsu-party.sblo.jp/ 
(とりあえずここをチェック!)

Twitter: @kotatsu_pa
(お気軽にフォローください、基本フォローバックさせていただきます)

こたつパーティーは私含めて現在3人のチームです。私がリーダーとなっていますが、基本的には3人全員の同意の下で活動しておりますので、このブログで私が語ったことが全てなされているわけではありません(苦笑)
ただ、大きな方向性はブレていないかなとも思います。
現在アートワーク担当者は絶賛募集中で、ボードゲーム作りをしてみたいという方はぜひお声掛けください。その際は下記の記事もご参照ください。(ただゲームのコンセプトによって必要なアートワークも変わってきますので、そこはご容赦ください)
http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403411740.html

2015春のゲームマーケットでは、まずは自分たちのパワーを上げたいなと思います(実績を作りたい!)。パワーゼロの状態だと、なかなかコラボというのも難しいですからね…。
また、制作P側のブログにもあげますが、やはりサークル同士の横のつながりと、市場の外とのつながりを意識した活動を重点にします。

しばらくはブログの更新がメインの情報発信になりますが、ニコニコ動画でのゲームプレイ投稿、Podcast、他サークルさんとの懇親会、テストプレイなど積極的に行っていく予定です。
ぜひ、Twitterのフォローをよろしくお願いいたします。一緒に盛り上がっていきましょう!

当ブログに関しては、相変わらず私個人の考えやジャストアイデアを垂れ流していきますので、そちらも随時読んでいただけると嬉しいです!
posted by らりお at 16:09| Comment(0) | ボードゲームコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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