2015年08月21日

コラム:ゲームってなんだろうを、岩田さんの記事から考えてみた

すごく久しぶりの更新になってしまいました。
最近は少しボードゲームから離れ(とはいっても作る方は進めているんですけど)、身の回りのことを色々とやっていましたし、やっています。

今日は、下記の日経ビジネスの記事を読んで感じたことがあるので、すごーく徒然なるままに書いてみたいと思います。
まずは、リンク先の記事だけでもお読みいただくだけで、ボードゲームが好きな人には、何か心に来るものがあるのではないでしょうか。とても面白い記事です。

「任天堂・岩田さんが遺した本当の功績」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/081900049/?P=1

この記事を読み終わったときに、心に浮かんだ言葉は「無念」であり、
「ゲームってなんだろう」ということでした。

今年、任天堂がDeNAと提携するという話を聞いた時、僕は実はとても興奮していたのです。
あ、これでスマホゲームの市場は変わるな、という思いがありました。
あの発表の時、いよいよ任天堂も課金ビジネスか、という人が僕の周りにも大勢いたのですけど、絶対そうはならないだろうという確信がありました。
きっと任天堂は、きちんと「ゲーム」で勝負してくれるんだと。

ところで、パズドラなどのスマホゲームが変えたものは、なんでしょうか。
どこでも手軽に本格的なゲームが遊べるようになったこと?
うーん。

「ゲームと時間とお金の関係」だと、僕は思います。

多くのスマホゲームは、遊ぶために体力やハートといったものが必要で、それはたいていの場合、時間経過によって、もしくはすぐに遊びたい場合は、お金や友人紹介などの口コミによって回復します。
だから、スマホゲームをやるときの僕は、「あ、時間になったから(回復したから)やらなきゃ」と思ってゲームを立ち上げます。

つまり、ゲームが時間をコントロールしているんですよね。

なんで「やらなきゃ」って思うかというと、多くのゲームは少なからず競争心を煽る構造をとっています。それに勝ちたいと、まぁ本能的に思いますよね、人間ですし。
そして、時間はお金で買えるようになって(これはどの市場もそうなので、普通の考え方ですけど)。ゲームに勝つための強さも、ガチャという形で、お金で買えるようになって。

このモデルが僕たちに提供している価値は、まぁ、3つくらいあるんじゃないかなと思います。
1. ガチャですごいのが当たると嬉しい。ギャンブルとか、射幸心とか
2. 人生を賭けるほどの金額をかけなくても、その世界で得られる優越感
3. 隙間の時間を手軽に埋めてくれる

ここまで書いてみて思うのは、「ゲームってなんだったっけ…?」ということ。
これはネットが発達してスマホが発達したから、新しいゲームの形なんです!
って、本当にそうなんですかね……?

そりゃぁ、スマホっていうタッチパネルの小さな画面を利用した、いろんなゲーム性はあるんでしょうけどね(フリックしたり、なぞったり、タイミングよく押したり)。でも、表向きゲームと言っているだけで、根本的には別の何かだと思うのです。
なんだろう、ある程度の金額を投入すれば必ず「優越感」という日常生活では得難いものを得られる、約束されたギャンブル?みたいな。

こんだけ書いておいてあれですが、僕はスマホゲーをやります。
たまーに、ちょっとしたギャンブル的緊張感を得たかったり、ちょっとした優越感を持ちたかったりして、課金もしちゃいます。
でも、求めているのはそういうことだと分かっているし、それはそれで需要があるから市場が成り立っているんで、別にいいんです。

でも、もっかい言うと、ゲームではないですよね。
あと、会社は儲かって嬉しいだろうけど、人に優しくないよね。
(ガチャモデル以外にも、広告型とかコンテンツ切り売り型とか、まぁなんか色々あるから、一概にスマホゲームとしては語れないですけど)

ゲームはエンターテイメントの1つの形だと見れば、きっとそれは時間を豊かにするものなのだと、僕は信じています。
豊かにしてくれるなら、きっと、自分からやりたいと思ってやるんだろうね。
映画だって、ライブだってそういうもんじゃないかなぁ。

なんでやりたいのかっていうと、それは、楽しいからじゃない?
相手に勝てるから楽しいんだよ、ってのもあるけど、要は世界観なんじゃないのかな。
そこに行くと、なんか「発見」があったり、気付いていないかもしれないけど、ちょっとした自分の中で「成長」があったり。
レベルアップとか、分かりやすいものだけじゃなくてね。
あえて言語化するなら、感性と知性において、という話かもしれない。

僕がボードゲームにハマったのは、そういう没入感だし、ゲーム性ってものの奥深さだったり。
つまりは、その世界観の上で誰かと遊ぶってことが、楽しかったんですよね。
そこにいけば、いつだって何か感情をゆさぶってくれて、新しいことに出会えるんだから。

僕は、任天堂がスプラトゥーンで見せてくれたように、またみんなにゲームってこういうことでしょ、というのを、今度はスマホで見せてくれるんだと期待していました。ビジネスモデルを変えて、もちろん儲けを出して持続できるような形でね。
今だって、もちろん期待はしています。ただ、岩田さんがいなくなってしまったことで、大事な何かが変わってしまわないか、それだけが少し不安です。
そして、「どう変わるか、まぁみててくださいよ」と語っていた岩田さんが、それを天国から見守ることしかできなくなってしまったのが、「無念」だと思っています。

ゲームに限らないですけど、会社は応援されたいですよね。
そのためには、ゲームだけじゃなくて、会社そのものの世界観がどれだけみんなに伝わっていて、そして共感されているか。それがとても重要だと思うのです。
いくら儲けていて株主にお金を還元していても、それだけで長く続けられる時代じゃなくなってきたんじゃないかな。
だって、時代は経済から文化の時代になってると思うのです。

そういう意味で、神は細部に宿るというけど、任天堂の心遣いとか、岩田さんがやりたかったこととか、そういうことが任天堂の製品には溢れているよね。
だから、任天堂はなんかいいよね、とみんな応援したくなるんじゃないかな。

最後に、記事の中で一番印象に残った岩田さんの言葉を引用します。

要は、ほかにこうやればビジネスができますよ、ということを示すことが、「道徳的にけしからん」と言うよりもずっと意義があると思うんですよ

言うんじゃなくて、やって見せる。
ほぼ日の対談の中でも、岩田さんは常に行動している人でした。
そして彼はいつも自分でルールを決め、迷わないようにしているようにも思えました。

今後、どうゲームが変わっていくのか。
僕自身も、はしっこの方で、小さく何かを変えていきたいなと、そんなことを考えました。
posted by らりお at 16:59| Comment(0) | ボードゲームコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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