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    <title>ボドゲ神拳 -お前はもう考えている-</title>
    <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/</link>
    <description>「日本のボードゲーム市場について真剣に考えてみる」の略。どうしてこうなった。その名の通り、日本のボードゲーム市場について真剣に考えます。最終目標はドイツ並のボードゲーム市場規模に持っていくための、ビジネス面からのアプローチを考察します。※当ブログにおいて、「ボードゲーム」の定義は「ドイツなどで販売されているユーロゲームのような、運と戦略の要素を内包したアナログゲーム」とします。ただし、既に国内で一般化され普及している麻雀、UNO、トランプなどは除きます。ブログ管理者：らりおTwitter: @rario_in_wonder</description>
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    <itunes:summary>「日本のボードゲーム市場について真剣に考えてみる」の略。どうしてこうなった。  その名の通り、日本のボードゲーム市場について真剣に考えます。 最終目標はドイツ並のボードゲーム市場規模に持っていくための、ビジネス面からのアプローチを考察します。  ※当ブログにおいて、「ボードゲーム」の定義は「ドイツなどで販売されているユーロゲームのような、運と戦略の要素を内包したアナログゲーム」とします。 ただし、既に国内で一般化され普及している麻雀、UNO、トランプなどは除きます。  ブログ管理者：らりお Twitter: @rario_in_wonder</itunes:summary>
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    <itunes:author>らりお</itunes:author>
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      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/437942660.html</link>
      <title>ゲムマ春2016振り返り「ゲームがうまく売れなかった4つの理由」</title>
      <pubDate>Mon, 16 May 2016 17:47:40 +0900</pubDate>
            <description>こたつパーティーにとって2回目となる、ゲームマーケットが5月5日に開催されました。一言で振り返ると、なかなか厳しい結果でした。しかし、うまくいかなかったことには必ず理由があるし、そういうときこそ成長できるチャンスのはず。ポジティブに振り返りをしてみます。さて、前回の「猛牛が倒せない」が当日で200個販売。初出展としては大成功であると評価していたわけですが、今回の「魔人のごちそう」はその半分以下でした。※魔人のごちそうの詳細はこちらhttp://www.kotatsu-part..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
こたつパーティーにとって2回目となる、
ゲームマーケットが5月5日に開催されました。

一言で振り返ると、なかなか厳しい結果でした。
しかし、うまくいかなかったことには必ず理由があるし、
そういうときこそ成長できるチャンスのはず。
ポジティブに振り返りをしてみます。

さて、前回の「猛牛が倒せない」が当日で200個販売。
初出展としては大成功であると評価していたわけですが、
今回の「魔人のごちそう」はその半分以下でした。

※魔人のごちそうの詳細はこちら
http://www.kotatsu-party.com/product_majin.html

価格も確かに前回の1,000円より高い
1,800円の設定ではありましたが、
その分コンポーネントも豪華で、生産コストも下げての取り組みをしました。
2,000円以上で販売し、完売しているサークルさんもあることから、
まず価格の問題ではないように思います。

販売手法も、前回の「前のめりな接客」から大きくは変えていません。

では、どこに問題があったのでしょうか。

僕は下記の4つが影響していると考えています。


1.「協力ゲーム」という言葉の惹きの弱さ

今回はとにかくブース前で足を止めてくれる方が少なかったです。
ブース数が増えて見きれないということもあるのかもしれませんが、
それよりも「協力ゲーム」という言葉に
魅力を感じていただけなかった印象でした。
そもそも「協力ゲームってなに？」という疑問がある方が多く、
「全員勝つか、全員負けるかですよ」と説明して
初めて理解していただけた感じです。

前回は「5分で6人まで遊べるパーティーゲーム」という
短時間、大人数を売りにしていたため、
この「分かりやすさ」「イメージのしやすさ」が
立ち止まらせていたのかもしれません。

どういうゲーム？というよりも、
何人でどんな人と、どのくらいの時間で？という
シーンが想起できる言葉のほうが、
即売会では足を止めていただけるのではないでしょうか。
足を止めていただけて、初めて説明でき、
ようやく買ってもらえるみたいな世界ですよね。


2. アートワークと遊び手の乖離

今回、僕たちのこだわりもあって、
イメージに合った新しくイラストレーターさんを探して、
一緒にゲームを作っていきました。
「ポップでかわいい世界観」をある意味狙ってやったわけですが、
実際にブースに目を向けた方々からくる言葉は
「かわいい」「おいしそう」「お腹が減った」であり、
「おもしろそう！」じゃなかったんです（苦笑）

また、イラストの可愛さからか、お子様連れの方が多く来られた印象もあります。
僕たちの狙いは、ボドゲ初心者～初中級者という層なわけですが、
ここで求められている、ある意味「かっこいい」「わくわくする」というか、
そういう「おもしろそう」な印象を
うまくアートから伝えきれなかったかなぁという反省があります。

もちろん、イラストレーターさんは僕たちのディレクションに従って
ベストなアートを提供していただけましたし、そこは大満足です。
イラストを生業にしている方々と一緒にモノづくりをするのはとても楽しいですね。


3. アートワークと難易度の乖離

これは現在様々なゲームの感想をいただいての反省です。
つまり、「見た目はかわいいのに、めっちゃ難しい」。

そもそも、僕たちは協力ゲームって簡単にクリアできなくて、
だからこそ何度もチャレンジするものだよねという、
なんというかゲーマー的な発想が根本にありました。
でも、ターゲットはあくまでライト層なんだから、
ポップなアートは譲れんぞ、と。
そこら辺の整合性のとれてなさがあったなぁと思います。

この難易度を前提にするのであれば、
もっと魔人は強面でシビアな印象を与えるべきだったかもしれないし、
そもそもテーマとして、「魔人へごちそうを提供する」ではなくて、
何かもっと「試練」みたいなものが合ってたかもしれません。

ただ、これはもう僕のこだわりというか動機として、
「魔人のごちそう」というフレーバーをメンバーから聞いたときに、
これはなんか「ワクワクするなぁ」と思ったんですよね。
だから、その自分のワクワクをゲームを通して表現したかったんですけど、
その過程でなんか色々、混ざりものとか欲が出て、
ぼやけてしまった感があるかもしれません。
何を一番重視したいのかという軸が弱かったんですかね。


4. 関わり不足

前回と比べて、僕自身は明らかにボードゲームに関する活動は、
この１年少なかったですね。
子供が生まれたこともあるし、仕事が忙しくなったり、
大学の勉強が本格化してきたこともあり、
なかなか本腰をいれてボドゲとその制作に向き合えた時間がとれなかったなぁ。

もちろんテストプレイはメンバーの協力もあり入念にできたと思いますし、
ゲームとしてのクオリティには満足できています。
ただ、僕自身がもっとボドゲ制作に関わる人たちと触れ合わないと、
そりゃぁ広がらないよなと思います。
実際ブログもなかなか更新できていないですしね。
だから、かけた時間、情熱と結果は単純な正比例じゃないけれど、
やっぱり比例するってことだと思いますね。

以上、4つの理由が今回の失敗に
（あくまで現時点での、と言いたいところです）
つながっているのではないかと考察しています。

「いや、もう単純に面白くないから売れないんだよ！」
そういう意見もあると思います。
ただ、当日の試遊卓の雰囲気を見ていた限りでは、
楽しんでいただけていたんじゃないかと。
ゲームの質を上げる方向は、いずれにせよ、
常にドライブしていくわけですからね。

まぁ、そこで思ったのはですね。

１回の成功はマグレかもしれないが、２回続けば多分それは何かつかんでる。

点を線にしていくというのも近いのかな。
こういう言葉、僕は結構好きなんですが、
そこから行くと、僕らの１回目はやっぱりまぁ、マグレだったと（苦笑）

ただ、もちろん「魔人のごちそう」には思い入れがあるし、
難しさ、協力ゲームには、コアなニーズがあるのではないかとも思ってます。
採算とれるまで行けば、失敗は失敗じゃないです。
幸い、プライベートな中でやってるし、賞味期限がないものだから、
成功と失敗の定義、ここは広く考えればいいと思います。
市場の広がりから流通も増えてるから、
チャンスはいくらでもあるし、作れるはずです。

外販、委託販売もしていきますので、
もしご興味あれば、ぜひあそんでみてくださいね。

まぁ、とにかく。
「おもしろそう！」と思える、思われるゲームを作りたいですね。
その言葉ってとても主観的なんだけど、
そう思えるものたちって、何か共通項がある気がしています。

引き続き、楽しみながらやっていきましょう！

【PR】
「魔人のごちそう」
腹ペコ魔人の料理をふるまう協力カードゲームです！
http://www.kotatsu-party.com/

ゲーム・アプリ情報サイト ゲームドライブ様にて取り上げていただきました！
https://gamedrive.jp/review/1462884417<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
こたつパーティーにとって2回目となる、<br />ゲームマーケットが5月5日に開催されました。<br /><br />一言で振り返ると、なかなか<strong>厳しい結果</strong>でした。<br />しかし、うまくいかなかったことには必ず理由があるし、<br />そういうときこそ成長できるチャンスのはず。<br />ポジティブに振り返りをしてみます。<br /><br />さて、前回の「猛牛が倒せない」が当日で200個販売。<br />初出展としては大成功であると評価していたわけですが、<br />今回の「魔人のごちそう」はその<strong>半分以下</strong>でした。<br /><br />※魔人のごちそうの詳細はこちら<br /><a href="http://www.kotatsu-party.com/product_majin.html" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/product_majin.html</a><br /><br />価格も確かに前回の1,000円より高い<br />1,800円の設定ではありましたが、<br />その分コンポーネントも豪華で、生産コストも下げての取り組みをしました。<br />2,000円以上で販売し、完売しているサークルさんもあることから、<br />まず価格の問題ではないように思います。<br /><br />販売手法も、前回の「前のめりな接客」から大きくは変えていません。<br /><br />では、どこに問題があったのでしょうか。<br /><br />僕は下記の4つが影響していると考えています。<br /><br /><br /><strong>1.「協力ゲーム」という言葉の惹きの弱さ</strong><br /><br />今回はとにかくブース前で足を止めてくれる方が少なかったです。<br />ブース数が増えて見きれないということもあるのかもしれませんが、<br />それよりも<strong>「協力ゲーム」</strong>という言葉に<br />魅力を感じていただけなかった印象でした。<br />そもそも「協力ゲームってなに？」という疑問がある方が多く、<br />「全員勝つか、全員負けるかですよ」と説明して<br />初めて理解していただけた感じです。<br /><br />前回は「5分で6人まで遊べるパーティーゲーム」という<br />短時間、大人数を売りにしていたため、<br />この「分かりやすさ」「イメージのしやすさ」が<br />立ち止まらせていたのかもしれません。<br /><br />どういうゲーム？というよりも、<br />何人でどんな人と、どのくらいの時間で？という<br />シーンが想起できる言葉のほうが、<br />即売会では足を止めていただけるのではないでしょうか。<br />足を止めていただけて、初めて説明でき、<br />ようやく買ってもらえるみたいな世界ですよね。<br /><br /><br /><strong>2. アートワークと遊び手の乖離</strong><br /><br />今回、僕たちのこだわりもあって、<br />イメージに合った新しくイラストレーターさんを探して、<br />一緒にゲームを作っていきました。<br /><strong>「ポップでかわいい世界観」</strong>をある意味狙ってやったわけですが、<br />実際にブースに目を向けた方々からくる言葉は<br />「かわいい」「おいしそう」「お腹が減った」であり、<br /><strong>「おもしろそう！」</strong>じゃなかったんです（苦笑）<br /><br />また、イラストの可愛さからか、お子様連れの方が多く来られた印象もあります。<br />僕たちの狙いは、ボドゲ初心者～初中級者という層なわけですが、<br />ここで求められている、ある意味「かっこいい」「わくわくする」というか、<br />そういう「おもしろそう」な印象を<br />うまくアートから伝えきれなかったかなぁという反省があります。<br /><br />もちろん、イラストレーターさんは僕たちのディレクションに従って<br />ベストなアートを提供していただけましたし、そこは大満足です。<br />イラストを生業にしている方々と一緒にモノづくりをするのはとても楽しいですね。<br /><br /><br /><strong>3. アートワークと難易度の乖離</strong><br /><br />これは現在様々なゲームの感想をいただいての反省です。<br />つまり、<strong>「見た目はかわいいのに、めっちゃ難しい」</strong>。<br /><br />そもそも、僕たちは協力ゲームって簡単にクリアできなくて、<br />だからこそ何度もチャレンジするものだよねという、<br />なんというかゲーマー的な発想が根本にありました。<br />でも、ターゲットはあくまでライト層なんだから、<br />ポップなアートは譲れんぞ、と。<br />そこら辺の整合性のとれてなさがあったなぁと思います。<br /><br />この難易度を前提にするのであれば、<br />もっと魔人は強面でシビアな印象を与えるべきだったかもしれないし、<br />そもそもテーマとして、「魔人へごちそうを提供する」ではなくて、<br />何かもっと「試練」みたいなものが合ってたかもしれません。<br /><br />ただ、これはもう僕のこだわりというか動機として、<br />「魔人のごちそう」というフレーバーをメンバーから聞いたときに、<br />これはなんか<strong>「ワクワクするなぁ」</strong>と思ったんですよね。<br />だから、その自分のワクワクをゲームを通して表現したかったんですけど、<br />その過程でなんか色々、混ざりものとか欲が出て、<br />ぼやけてしまった感があるかもしれません。<br /><strong>何を一番重視したいのかという軸</strong>が弱かったんですかね。<br /><br /><br /><strong>4. 関わり不足</strong><br /><br />前回と比べて、僕自身は明らかにボードゲームに関する活動は、<br />この１年少なかったですね。<br />子供が生まれたこともあるし、仕事が忙しくなったり、<br />大学の勉強が本格化してきたこともあり、<br />なかなか本腰をいれてボドゲとその制作に向き合えた時間がとれなかったなぁ。<br /><br />もちろんテストプレイはメンバーの協力もあり入念にできたと思いますし、<br />ゲームとしてのクオリティには満足できています。<br />ただ、僕自身がもっとボドゲ制作に関わる人たちと触れ合わないと、<br />そりゃぁ広がらないよなと思います。<br />実際ブログもなかなか更新できていないですしね。<br />だから、かけた時間、情熱と結果は単純な正比例じゃないけれど、<br />やっぱり比例するってことだと思いますね。<br /><br />以上、4つの理由が今回の失敗に<br />（あくまで現時点での、と言いたいところです）<br />つながっているのではないかと考察しています。<br /><br />「いや、もう単純に面白くないから売れないんだよ！」<br />そういう意見もあると思います。<br />ただ、当日の試遊卓の雰囲気を見ていた限りでは、<br />楽しんでいただけていたんじゃないかと。<br />ゲームの質を上げる方向は、いずれにせよ、<br />常にドライブしていくわけですからね。<br /><br />まぁ、そこで思ったのはですね。<br /><br />１回の成功はマグレかもしれないが、２回続けば多分それは何かつかんでる。<br /><br />点を線にしていくというのも近いのかな。<br />こういう言葉、僕は結構好きなんですが、<br />そこから行くと、僕らの１回目はやっぱりまぁ、マグレだったと（苦笑）<br /><br />ただ、もちろん「魔人のごちそう」には思い入れがあるし、<br />難しさ、協力ゲームには、コアなニーズがあるのではないかとも思ってます。<br />採算とれるまで行けば、失敗は失敗じゃないです。<br />幸い、プライベートな中でやってるし、賞味期限がないものだから、<br />成功と失敗の定義、ここは広く考えればいいと思います。<br />市場の広がりから流通も増えてるから、<br />チャンスはいくらでもあるし、作れるはずです。<br /><br />外販、委託販売もしていきますので、<br />もしご興味あれば、ぜひあそんでみてくださいね。<br /><br />まぁ、とにかく。<br />「おもしろそう！」と思える、思われるゲームを作りたいですね。<br />その言葉ってとても主観的なんだけど、<br />そう思えるものたちって、何か共通項がある気がしています。<br /><br />引き続き、楽しみながらやっていきましょう！<br /><br />【PR】<br />「魔人のごちそう」<br />腹ペコ魔人の料理をふるまう協力カードゲームです！<br /><a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a><br /><br />ゲーム・アプリ情報サイト ゲームドライブ様にて取り上げていただきました！<br /><a href="https://gamedrive.jp/review/1462884417" target="_blank">https://gamedrive.jp/review/1462884417</a><a name="more"></a>

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            <category>ボードゲーム制作</category>
      <author>らりお</author>
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                </item>
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      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/434995670.html</link>
      <title>【コラム】ゲームブックというコンテンツの魅力</title>
      <pubDate>Wed, 16 Mar 2016 15:21:59 +0900</pubDate>
            <description>なんだかお久しぶりです。2016年も、はや３か月弱がたちました。そろそろ何か面白くて苦しいことをやらんとな、と思いつつ、なかなか変われていない現状です。子供が生まれたから仕方ないとか、なんだか下手な言い訳をしてたのですが、覚悟があればやってたはず。結局、覚悟が足りてなかったなぁ。そんなわけで！今年はその種を植えて、水をやり始める良いタイミングと位置付けました。とにかくアイディアを出して、「植える」⇒「水やり」を繰り返そうと思います。そんな中、過去の棚卸とか、自分のワクワクする..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
なんだかお久しぶりです。
2016年も、はや３か月弱がたちました。

そろそろ何か面白くて苦しいことをやらんとな、と思いつつ、なかなか変われていない現状です。子供が生まれたから仕方ないとか、なんだか下手な言い訳をしてたのですが、覚悟があればやってたはず。結局、覚悟が足りてなかったなぁ。

そんなわけで！
今年はその種を植えて、水をやり始める良いタイミングと位置付けました。
とにかくアイディアを出して、「植える」⇒「水やり」を繰り返そうと思います。

そんな中、過去の棚卸とか、自分のワクワクするところを想像していたとき、ふと「あれ楽しかったなぁ」っていうのがありました。

それが「ゲームブック」というコンテンツです。
（……そういう名前だということを最近初めて知ったんですけど。）

ゲームブックは、ゲームマスターのいらないTRPG的なものと言ってもいいし、RPG要素のある小説と言ってもいいかもしれません。
読者は主人公となって冒険し、読み進める中で、自ら行動を選択します。
たとえば、「右にいくなら195」、「左にいくなら253」と書いてあって、番号のパラグラフを読めば、また新たな展開が、という感じですね。

最近になって名作と呼ばれるドルアーガの塔シリーズが復刻されたので、早速購入し、プレイしているところです。

端的にいうと、ダイスを振って主人公のパラメーターを決定し、探検し、敵を倒してレベルアップするという基本的なRPG要素に、ダンジョンのマッピングをしていくゲームに仕上がっています

この行動の選択によってストーリーが変化するというシステムは、デジタルの世界でノベル系ゲームに見られる基本的なものですし、ダンジョンRPG×マッピングという点では名作ウィザードリィに始まり、世界樹の迷宮で使われています。

フラグ管理やマップ処理、ゲーム準備の手間を考えると、基本的にデジタルのほうが相性がいいシステムともいえます。その結果、現状で市場におけるゲームブックは、ボードゲーム以上にメインストリームではないようです。

たしかに、非常に面倒くさく、敷居の高さが多々あります。
例えば、以下の点です（ドルアーガの塔第一章「悪魔に魅入られし者」ベース）。

●プレイシートを作り、都度 修正するという手作業感、プレイミスの出やすさ
●初期パラメータの設定、戦闘が完全なダイス運。目が低いと弱く、高いと強い
●プレイヤーが自分１人のため、あらゆる面でズルできる（したくなる）

こう書くと、アトラスがDSで発売している世界樹の迷宮シリーズは、上記の不満点をすべて解消しているように思えます。

しかしながら、ゲームブックというコンテンツには上記のデメリットに勝る、素晴らしいメリットが存在すると感じているのも事実です。

それは、「濃密さによる圧倒的な没入感」という言葉に集約できます。

本という媒体であるが故に、複雑なフラグ管理はできません。
また、文章が冗長では本がどんどん分厚くなってしまいます。
だからこそ、１パラグラフの密度がとても濃く、１歩進めば必ず何かが起こる緊張感があります。これがプレイヤーのワクワク感（冒険心）をとてもくすぐるのです。
そして文章を読んで進めるという点から、プレイヤーには場面を想像する余地があり、実際にその世界に大いに入り込ませます。
これらの要素がプレイヤーの没入感を高めているのです。

「扉を開けるなら 357にいけ」と言われて、そのパラグラフまでペラペラと紙をめくっている瞬間のドキドキは、今、なかなか得難い体験ではないでしょうか。
ゲームブックの価値は、この「次は何があるんだろう」というドキドキ・ワクワクする体験に詰め込まれていると思います。
だからでしょうか、ゲームブックで遊ぶ時は、すごく子供に戻ったような気持ちで遊べるのです。

最近僕が感じていることの１つに「不便さの価値」というものがあります。
つまり、不便であることには理由があって、実はそこに大きな価値があることもある、ということです。ゲームブックは確かに手間がかかるのですが、そこに見合った楽しさ、体験があるのもまた事実です。

さて、このコンテンツをより商用化しようとすると、どうすればいいかについて、ちょっと考えてみました。
「選択によるドキドキ（強い没入感）」「私が作る物語」が、コアバリューにおけるキーワードでしょうか。

１つはリアル脱出ゲーム的な体験型アトラクションと、とても相性がいいと思います。
もともと１人用TRPG的ポジションのゲームブックですが、物語は実は複数人との意思決定やドラマの末に、作られたほうが面白いと思うからです（自分の影響力が見える必要がありますが）。
現在のリアル脱出ゲームはパズル・謎解きなので1人1回きりの消耗コンテンツで、「パズルが解けたときにカタルシス」みたいなところにコアバリューを感じます。
しかし、ゲームブック形式になれば耐用回数があがり、毎回異なる展開を提供できます。そして、自分たちが壮大な物語の一部になっているというロールプレイ的楽しさがコアバリューになるでしょう。

もう１つはボードゲームとの相性が良いのではないかと思っています。
（そもそもこのブログはボードゲームに関する考察ブログなので！）
例えば、本をコンポーネントにしたボードゲームで、各プレイヤーの選択に従って物語や展開が進んでいき、何かしらの手法で勝敗が付くイメージです。
そもそもボードゲームはジレンマの伴う選択を迫られ続けるものですし、人狼は筋書のないゲームブックに近いところがあります。
本というコンポーネントはページをめくれば変動するボードと見ることもできますから、それを使った面白いシステムも考えられそうですよね。
ゲームブックは戦闘などの細かなゲームシステムの部分に弱みがあるため、ボードゲームの様々なシステムを応用することで、没入感という強みを生かしつつ、より面白いコンテンツに進化することができそうです。

そのほか、デジタルと融合する形であれば様々なチャンスはあると思いますね。

最近、自分の興味がどういうところにあるのかというのが、かなり明確にわかってきました。
あとは本当に、種をやって、水をまいてみる。
芽が出たら、一緒に育ててくれる仲間を探す。

面苦しい人生を送りましょうー！

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こたつパーティーはゲームマーケット春2016（5月5日）に出展します。
新作は「魔人のごちそう」
腹ペコ魔人の料理をふるまう協力カードゲームです！
ぜひ遊びに来てください。
http://www.kotatsu-party.com/
<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
なんだかお久しぶりです。<br />2016年も、はや３か月弱がたちました。<br /><br />そろそろ何か面白くて苦しいことをやらんとな、と思いつつ、なかなか変われていない現状です。子供が生まれたから仕方ないとか、なんだか下手な言い訳をしてたのですが、覚悟があればやってたはず。結局、覚悟が足りてなかったなぁ。<br /><br />そんなわけで！<br />今年はその種を植えて、水をやり始める良いタイミングと位置付けました。<br />とにかくアイディアを出して、「植える」⇒「水やり」を繰り返そうと思います。<br /><br />そんな中、過去の棚卸とか、自分のワクワクするところを想像していたとき、ふと「あれ楽しかったなぁ」っていうのがありました。<br /><br />それが<strong>「ゲームブック」</strong>というコンテンツです。<br />（……そういう名前だということを最近初めて知ったんですけど。）<br /><br />ゲームブックは、ゲームマスターのいらないTRPG的なものと言ってもいいし、RPG要素のある小説と言ってもいいかもしれません。<br />読者は主人公となって冒険し、読み進める中で、自ら行動を選択します。<br />たとえば、「右にいくなら195」、「左にいくなら253」と書いてあって、番号のパラグラフを読めば、また新たな展開が、という感じですね。<br /><br />最近になって名作と呼ばれるドルアーガの塔シリーズが復刻されたので、早速購入し、プレイしているところです。<br /><br />端的にいうと、ダイスを振って主人公のパラメーターを決定し、探検し、敵を倒してレベルアップするという基本的なRPG要素に、ダンジョンのマッピングをしていくゲームに仕上がっています<br /><br />この行動の選択によってストーリーが変化するというシステムは、デジタルの世界でノベル系ゲームに見られる基本的なものですし、ダンジョンRPG×マッピングという点では名作ウィザードリィに始まり、世界樹の迷宮で使われています。<br /><br />フラグ管理やマップ処理、ゲーム準備の手間を考えると、基本的にデジタルのほうが相性がいいシステムともいえます。その結果、現状で市場におけるゲームブックは、ボードゲーム以上にメインストリームではないようです。<br /><br />たしかに、非常に面倒くさく、敷居の高さが多々あります。<br />例えば、以下の点です（ドルアーガの塔第一章「悪魔に魅入られし者」ベース）。<br /><br />●プレイシートを作り、都度 修正するという手作業感、プレイミスの出やすさ<br />●初期パラメータの設定、戦闘が完全なダイス運。目が低いと弱く、高いと強い<br />●プレイヤーが自分１人のため、あらゆる面でズルできる（したくなる）<br /><br />こう書くと、アトラスがDSで発売している世界樹の迷宮シリーズは、上記の不満点をすべて解消しているように思えます。<br /><br />しかしながら、ゲームブックというコンテンツには上記のデメリットに勝る、素晴らしいメリットが存在すると感じているのも事実です。<br /><br />それは、<strong>「濃密さによる圧倒的な没入感」</strong>という言葉に集約できます。<br /><br />本という媒体であるが故に、複雑なフラグ管理はできません。<br />また、文章が冗長では本がどんどん分厚くなってしまいます。<br />だからこそ、１パラグラフの密度がとても濃く、１歩進めば必ず何かが起こる緊張感があります。これがプレイヤーのワクワク感（冒険心）をとてもくすぐるのです。<br />そして文章を読んで進めるという点から、プレイヤーには場面を想像する余地があり、実際にその世界に大いに入り込ませます。<br />これらの要素がプレイヤーの没入感を高めているのです。<br /><br />「扉を開けるなら 357にいけ」と言われて、そのパラグラフまでペラペラと紙をめくっている瞬間のドキドキは、今、なかなか得難い体験ではないでしょうか。<br />ゲームブックの価値は、この「次は何があるんだろう」というドキドキ・ワクワクする体験に詰め込まれていると思います。<br />だからでしょうか、ゲームブックで遊ぶ時は、すごく子供に戻ったような気持ちで遊べるのです。<br /><br />最近僕が感じていることの１つに<strong>「不便さの価値」</strong>というものがあります。<br />つまり、不便であることには理由があって、実はそこに大きな価値があることもある、ということです。ゲームブックは確かに手間がかかるのですが、そこに見合った楽しさ、体験があるのもまた事実です。<br /><br />さて、このコンテンツをより商用化しようとすると、どうすればいいかについて、ちょっと考えてみました。<br />「選択によるドキドキ（強い没入感）」「私が作る物語」が、コアバリューにおけるキーワードでしょうか。<br /><br />１つはリアル脱出ゲーム的な体験型アトラクションと、とても相性がいいと思います。<br />もともと１人用TRPG的ポジションのゲームブックですが、物語は実は複数人との意思決定やドラマの末に、作られたほうが面白いと思うからです（自分の影響力が見える必要がありますが）。<br />現在のリアル脱出ゲームはパズル・謎解きなので1人1回きりの消耗コンテンツで、「パズルが解けたときにカタルシス」みたいなところにコアバリューを感じます。<br />しかし、ゲームブック形式になれば耐用回数があがり、毎回異なる展開を提供できます。そして、自分たちが壮大な物語の一部になっているというロールプレイ的楽しさがコアバリューになるでしょう。<br /><br />もう１つはボードゲームとの相性が良いのではないかと思っています。<br />（そもそもこのブログはボードゲームに関する考察ブログなので！）<br />例えば、本をコンポーネントにしたボードゲームで、各プレイヤーの選択に従って物語や展開が進んでいき、何かしらの手法で勝敗が付くイメージです。<br />そもそもボードゲームはジレンマの伴う選択を迫られ続けるものですし、人狼は筋書のないゲームブックに近いところがあります。<br />本というコンポーネントはページをめくれば変動するボードと見ることもできますから、それを使った面白いシステムも考えられそうですよね。<br />ゲームブックは戦闘などの細かなゲームシステムの部分に弱みがあるため、ボードゲームの様々なシステムを応用することで、没入感という強みを生かしつつ、より面白いコンテンツに進化することができそうです。<br /><br />そのほか、デジタルと融合する形であれば様々なチャンスはあると思いますね。<br /><br />最近、自分の興味がどういうところにあるのかというのが、かなり明確にわかってきました。<br />あとは本当に、種をやって、水をまいてみる。<br />芽が出たら、一緒に育ててくれる仲間を探す。<br /><br />面苦しい人生を送りましょうー！<br /><br />【PR】<br />こたつパーティーはゲームマーケット春2016（5月5日）に出展します。<br />新作は「魔人のごちそう」<br />腹ペコ魔人の料理をふるまう協力カードゲームです！<br />ぜひ遊びに来てください。<br /><a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a><br /><a name="more"></a>

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            <category>ボードゲームコラム</category>
      <author>らりお</author>
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      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/432195944.html</link>
      <title>ゲームにおける14の「気持ちいい」をまとめてみた</title>
      <pubDate>Wed, 06 Jan 2016 17:41:48 +0900</pubDate>
            <description>2016年、明けましておめでとうございます。ゆっくりペースですが、適度に更新していこうと思いますので、よろしくお願いします！さて、GM春に向けてゲームを制作中ですが、最近よく思うのは「ゲームをやる理由って、結局気持ちよくなりたいってことじゃないの！」ということ。気持ちよければ、自然ともう一回やりたくなりますよね。そういうわけで、「個人的に気持ちいいと思うゲームの瞬間」を雑記的に書き出してみることにしました。２０１６年も超主観的です。ゲーム制作の折に、何かのヒントになる……とい..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
2016年、明けましておめでとうございます。
ゆっくりペースですが、適度に更新していこうと思いますので、
よろしくお願いします！

さて、GM春に向けてゲームを制作中ですが、最近よく思うのは
「ゲームをやる理由って、結局気持ちよくなりたいってことじゃないの！」ということ。気持ちよければ、自然ともう一回やりたくなりますよね。

そういうわけで、「個人的に気持ちいいと思うゲームの瞬間」を雑記的に書き出してみることにしました。２０１６年も超主観的です。
ゲーム制作の折に、何かのヒントになる……といいなぁ。


「当たる」
当たるには2つの気持ちよさがある。

1.当たりを引く
ここでAを引けると嬉しいときに、Aを偶然引けた。
遊戯王、カイジでは茶飯事。いわゆるディスティニードローだ。
これは言いかえれば「願いが叶った」といえる。
望んだことが運命的にかなうと、それは気持ちよさにつながる。
ランダム要素を適度に入れることは、気持ちいいを作るためにも重要なのだ。

一方で、これは「願い」がなければ成り立たないとも言える。
「あれが来たら嬉しい」という状況がそのゲームで起こりえるかどうかは、ひとつのチェックポイントかもしれない。
ビンゴがなぜ気持ちいいのかは、ここに集約されている。

2.予想が当たる
運の要素と引き離して考えると、「推理、予想が当たる」のも気持ちいい。
予想と結果のブレがない状態は気持ちいいものなのだ。
それはまるで、自分の思い通りにできた感覚に似ている（後述する操作に近い）。
「犯人は踊る」で、探偵勝ちする気持ちよさはまさにこれだし、クイズに正解するのもこれだ。

「つながる」
これも2つに分けられる。

1. 事象がつながる
最初にAをしておいたお陰で、あとあとBが活きてきた。
つながることには、気持ちよさがある。
コンボによるずっと俺のターン、伏線が回収されるようなドラマ展開、死亡フラグは気持ちいい。
「ドミニオン」において、「村」でアクション権を増やし、「鍛冶屋」で手札を増やし、8金属州は、後述する「増える」も伴って気持ちいい。

2.人同士がつながる
あうんの呼吸、ツーカーは気持ちいい。
つながる、というより「通じる」「通じあう」と言った方が的確かもしれない。
「ごきぶりポーカー」で、リーチ状態の人に対して、全員で逃げ道をなくすようにカードを回すのである。やっている方は気持ちいい。やられた方はたまったものではないが。
「HANABI」などコミュニケーション制限系の協力ゲームの楽しさはここにあることが多い。「人狼ゲーム」における狂人と狼の関係もこれだ。

「勝る」
相手より優位に立っている状態は気持ちいい。
ドヤ顔は気持ちよさの証明なのだ。
ただし、ここには一つ懸念事項がある。
テーブルの反対側、相手が明らかに不利であることを認識している場合、それは相手にとって気持ち良いことではない。それも、勝ち目のない状況であればなおさらだ。
そして、相手と自分は１つのゲームでつながっているため、「相手が気持よくなければ自分も気持ち良くない」ということが、往々にして起こってしまう。ゲームは誰と一緒にやるかによって楽しさ変わるといわれる所以である、たぶん。
つまり、明らかに一方が優位である状態は、ゲーム全体としてみると気持ちよくないかもしれない。
しかし、逆に言えば、「明らかでなければいい」のだ。
例えば、相手に見えない手札の部分で優位性があり、「ぐふふ」と心の中でニヤついている自分。実はこれが一番気持ちいいのではないか。
非公開部分での優位性をプレイヤーが認識できるかどうかは、気持ちいいチェックポイントだ。

「壊す」
壊すことは、まず動作として気持ちいい。
壊すというのは、つまり100をゼロにしてしまうことだ。
私はシムシティで、まともな街を作れたことはないのだが、怪獣を出現させて街を壊すことだけは気持ちよかった。
壊すことは、自分の影響力を目に見える形で、分かりやすく表すことなのだ。世界を支配したくなる魔王と同じだろう、きっと。
壊す対象は積み上げられたものであればあるほど、気持ちいい。
余談だが、うちの8か月の息子は私が作った積み木タワーを崩しては喜んでいる。たぶんこれは本能的にそういうことが気持ちいいのだろう。
ジェンガやワニの歯を抜くやつの楽しさに近い。

ここから転じて、「ひっくり返す」のも気持ちいい。
壊すが100⇒ゼロだとすれば、ひっくり返すはマイナス100⇒プラス100にすることだ。
ひっくり返す、つまり逆転するのも気持ちいい。圧倒的不利な状況を覆せた瞬間は最高に気持ちいいのだ。
また、伏せられたカードをひっくり返す（めくる）のは、動作として気持ちよさを秘めている。ここには前述の「当たる」気持ちよさもあるのだが。
同じ理由かどうかは分からないが、鬼オヤジのちゃぶ台返しも見ていて気持ちいい。

「届く」
高い所に何かが置いてある。
届きそうだが、ギリギリ届かない。でも頑張ったら、なんとか届いた。
その瞬間はとても気持ちいい。
これはゲームの勝利という目標に対するハードルの設定の話である。
仕事だと、目標にはストレッチゴール（少し頑張れば届く目標）を設定するのが良いといわれる。問題は設定者にとってストレッチゴールと「認識」していても、当事者にとってそれが圧倒的に高く認識されてしまうことである。
このちょうどいい難しさを作るために、私はいつも四苦八苦する。その大きな原因はこの認識ズレが大きいのだ。

「苦しむ」
苦しむのが気持ちいいというのは、矛盾している気がするが、ドMという言葉があるように、これは紙一重なのだろう。
ゲームにおいてこれは、悩ましい状況、困難を意味する。
なぜ悩み、問題解決に取り組んでいることが気持ちいいのか。
1つはそこにかすかな希望の光が常にあるからである。どう考えても無理という状況で苦しむのは全く気持ちが良くない。それは拷問だろう。
考えて打ったその先に、一筋の光があり、そこに「届く」かもしれないからこそ、今は苦しむことを選ぼう。しかし、そうこうしているうちに、それ自体がなんだか気持よくなっていくという、不思議な現象である。
「届く」の節で挙げた理由と同様に、この一筋の光を与え続けるのが難しい。
1つのアンサーは気の抜けない状況を作り出すことだ。
世界の七不思議デュエルにおける軍事と科学勝利は、相手に達成されたその瞬間に、これまで築いてきた勝利点など関係なく、敗北させられてしまう。圧倒的不利な状況でも、「相手のミス次第であるいは…」という希望を抱かせれば、苦しむことに快感が残るだろう。

「揃える」
何かが揃うのは気持ちいい。
ペプシコーラでひたすらFFやSWのボトルキャップを集めたことがあるだろう。
どうせなら全て揃えて眺めたいと思うはずだ。
あるいは、ワンピースの15巻だけがない状態に我慢できるだろうか。1～70まで全て連番であることは気持ちいい。
セットコレクションのゲームが気持ちいい理由である。

「無くす」
部屋が片付くのは気持ちいい。
仕事が片付いても気持ちいい。
何かを無くしていくというのは、それが不要なものである限り、気持ちいいのだ。
ババ抜きが気持ちいい理由は、「当たる」「揃う」「無くす」の組み合わせだからだ。
ぷよぷよ、ツムツムの気持ちよさは、当たるのかわりに連鎖という形で、「つながる」が付随している。

「増やす」
逆に必要なものがどんどん増えると気持ちいい。
これは大体「つながる」とうまく組み合わさっていて、加速度的に増えていく演出がある。拡大再生産が気持ちいいのはこのためだ。
宝石の煌めきは、序盤はジリ貧で全く点数を稼げないが、ある瞬間を超えると急速に場が動き、1手番差で勝負が決まる状況になる。
宝石という嬉しいものが、どんどん増えるからだ。

「流れる」
何かがスパッと切れるのは気持ちいい。
それは、淀みがないからだ。
リズムよく何かが刻まれているのは気持ちいい。
たまねぎのみじん切りも、プロの料理人がやっていると気持ちよく見ていられる。
つまり、テンポがいいものは気持ちいいのだ。
UNOやリズム系ゲームの面白さはこの刻む楽しさと言える。

「見つける」
何かを見つけるのは気持ちいい。
「ウォーリーを探せ」をついついやってしまうのは、人ごみの中から、あの「赤白ボーダー男」を見つける気持ちよさを味わいたいからだ。
物理的な発見だけでなく、新しい戦術、組み合わせ、を見つけた時も気持ちいい。
TCGのデッキ構築を考えたくなるのは、この気持ちよさがあるためだ。
また、ワーカープレイスメント系ゲームは多様な勝ち筋が用意されているため、この見つける気持ちよさを提供していると言えるだろう。

「操作する」
自分以外の何かを動かすのは気持ちがいい。
それが自分よりはるかに大きいもの、力が強いもの、普通では動かせないものであればあるほど、それは気持ちがいい。
ジェット機を操縦する、社長に何かをしてもらう、経済を動かす。
これは「勝る」や「壊す」の感覚に似ている。
ゲームに寄せて考えると、「作戦がうまくいく」のは気持ちがいい。
自分の作戦にはまって相手がその通り動いた結果、自分が優位になるのは気持ちがいいだろう。つまり、「してやったり」と思えるかどうかだ。
インタラクションの多いゲーマーズゲームは、この気持ちよさの作り方がうまい。

「酔う」
酒に酔うのは気持ちがいい。
酔うというのは便利な表現で、人は様々なことに酔うことができる。
１つは自分自身に酔うのはとても気持ちいい。
「苦しい状況でもこんなに考えて最善策を模索している自分に酔う」ことはよくある。
そのためには気持ちよく酔える環境が必要だ。
綱渡りしながら酔いたいとは思わない。
見通しが良い大通りで酔いたいものだ。

また、ゲームそのものに酔うことも気持ちいい。
これは没入感ともいえるが、自分と何かを重ね、入り込むことで気持ちよくなる。
TRPGにおけるロールプレイは、その典型的なものだろう。

「訴える」
五感に訴えてくるものは気持ちいい。
例えば将棋や囲碁の駒や石を置く音は気持ちいい響きだ。
触覚からいえば、質感が気持ちいものがある。
宝石のきらめきの円形プラスチックチップはあれを重ねて、カチャカチャしているだけで気持ちがいい。
見ていて気持ちがいいのは、カルカソンヌやカタンなど土地が変化、発展していくものだ。


さぁ、私の作っているゲームには、どの程度気持ちよさがあるだろうか。
まとめていて思ったのは、気持ちよさがゼロサムではダメだという点だ。
ゲームプレイヤー全体の「気持ちよさの総和」が、ゲームする前より上回っているかどうか。良いゲームは勝っても負けても気持ちいいのはそういうことなのだろう。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
2016年、明けましておめでとうございます。<br />ゆっくりペースですが、適度に更新していこうと思いますので、<br />よろしくお願いします！<br /><br />さて、GM春に向けてゲームを制作中ですが、最近よく思うのは<br /><strong>「ゲームをやる理由って、結局気持ちよくなりたいってことじゃないの！」</strong>ということ。気持ちよければ、自然ともう一回やりたくなりますよね。<br /><br />そういうわけで、<strong>「個人的に気持ちいいと思うゲームの瞬間」</strong>を雑記的に書き出してみることにしました。２０１６年も超主観的です。<br />ゲーム制作の折に、何かのヒントになる……といいなぁ。<br /><br /><br /><strong>「当たる」</strong><br />当たるには2つの気持ちよさがある。<br /><br />1.当たりを引く<br />ここでAを引けると嬉しいときに、Aを偶然引けた。<br />遊戯王、カイジでは茶飯事。いわゆるディスティニードローだ。<br />これは言いかえれば「願いが叶った」といえる。<br />望んだことが運命的にかなうと、それは気持ちよさにつながる。<br />ランダム要素を適度に入れることは、気持ちいいを作るためにも重要なのだ。<br /><br />一方で、これは「願い」がなければ成り立たないとも言える。<br />「あれが来たら嬉しい」という状況がそのゲームで起こりえるかどうかは、ひとつのチェックポイントかもしれない。<br />ビンゴがなぜ気持ちいいのかは、ここに集約されている。<br /><br /><strong>2.予想が当たる</strong><br />運の要素と引き離して考えると、「推理、予想が当たる」のも気持ちいい。<br />予想と結果のブレがない状態は気持ちいいものなのだ。<br />それはまるで、自分の思い通りにできた感覚に似ている（後述する操作に近い）。<br />「犯人は踊る」で、探偵勝ちする気持ちよさはまさにこれだし、クイズに正解するのもこれだ。<br /><br /><strong>「つながる」</strong><br />これも2つに分けられる。<br /><br />1. 事象がつながる<br />最初にAをしておいたお陰で、あとあとBが活きてきた。<br />つながることには、気持ちよさがある。<br />コンボによるずっと俺のターン、伏線が回収されるようなドラマ展開、死亡フラグは気持ちいい。<br />「ドミニオン」において、「村」でアクション権を増やし、「鍛冶屋」で手札を増やし、8金属州は、後述する「増える」も伴って気持ちいい。<br /><br />2.人同士がつながる<br />あうんの呼吸、ツーカーは気持ちいい。<br />つながる、というより「通じる」「通じあう」と言った方が的確かもしれない。<br />「ごきぶりポーカー」で、リーチ状態の人に対して、全員で逃げ道をなくすようにカードを回すのである。やっている方は気持ちいい。やられた方はたまったものではないが。<br />「HANABI」などコミュニケーション制限系の協力ゲームの楽しさはここにあることが多い。「人狼ゲーム」における狂人と狼の関係もこれだ。<br /><br /><strong>「勝る」</strong><br />相手より優位に立っている状態は気持ちいい。<br />ドヤ顔は気持ちよさの証明なのだ。<br />ただし、ここには一つ懸念事項がある。<br />テーブルの反対側、相手が明らかに不利であることを認識している場合、それは相手にとって気持ち良いことではない。それも、勝ち目のない状況であればなおさらだ。<br />そして、相手と自分は１つのゲームでつながっているため、「相手が気持よくなければ自分も気持ち良くない」ということが、往々にして起こってしまう。ゲームは誰と一緒にやるかによって楽しさ変わるといわれる所以である、たぶん。<br />つまり、明らかに一方が優位である状態は、ゲーム全体としてみると気持ちよくないかもしれない。<br />しかし、逆に言えば、「明らかでなければいい」のだ。<br />例えば、相手に見えない手札の部分で優位性があり、「ぐふふ」と心の中でニヤついている自分。実はこれが一番気持ちいいのではないか。<br />非公開部分での優位性をプレイヤーが認識できるかどうかは、気持ちいいチェックポイントだ。<br /><br /><strong>「壊す」</strong><br />壊すことは、まず動作として気持ちいい。<br />壊すというのは、つまり100をゼロにしてしまうことだ。<br />私はシムシティで、まともな街を作れたことはないのだが、怪獣を出現させて街を壊すことだけは気持ちよかった。<br />壊すことは、自分の影響力を目に見える形で、分かりやすく表すことなのだ。世界を支配したくなる魔王と同じだろう、きっと。<br />壊す対象は積み上げられたものであればあるほど、気持ちいい。<br />余談だが、うちの8か月の息子は私が作った積み木タワーを崩しては喜んでいる。たぶんこれは本能的にそういうことが気持ちいいのだろう。<br />ジェンガやワニの歯を抜くやつの楽しさに近い。<br /><br />ここから転じて、「ひっくり返す」のも気持ちいい。<br />壊すが100⇒ゼロだとすれば、ひっくり返すはマイナス100⇒プラス100にすることだ。<br />ひっくり返す、つまり逆転するのも気持ちいい。圧倒的不利な状況を覆せた瞬間は最高に気持ちいいのだ。<br />また、伏せられたカードをひっくり返す（めくる）のは、動作として気持ちよさを秘めている。ここには前述の「当たる」気持ちよさもあるのだが。<br />同じ理由かどうかは分からないが、鬼オヤジのちゃぶ台返しも見ていて気持ちいい。<br /><br /><strong>「届く」</strong><br />高い所に何かが置いてある。<br />届きそうだが、ギリギリ届かない。でも頑張ったら、なんとか届いた。<br />その瞬間はとても気持ちいい。<br />これはゲームの勝利という目標に対するハードルの設定の話である。<br />仕事だと、目標にはストレッチゴール（少し頑張れば届く目標）を設定するのが良いといわれる。問題は設定者にとってストレッチゴールと「認識」していても、当事者にとってそれが圧倒的に高く認識されてしまうことである。<br />このちょうどいい難しさを作るために、私はいつも四苦八苦する。その大きな原因はこの認識ズレが大きいのだ。<br /><br /><strong>「苦しむ」</strong><br />苦しむのが気持ちいいというのは、矛盾している気がするが、ドMという言葉があるように、これは紙一重なのだろう。<br />ゲームにおいてこれは、悩ましい状況、困難を意味する。<br />なぜ悩み、問題解決に取り組んでいることが気持ちいいのか。<br />1つはそこにかすかな希望の光が常にあるからである。どう考えても無理という状況で苦しむのは全く気持ちが良くない。それは拷問だろう。<br />考えて打ったその先に、一筋の光があり、そこに「届く」かもしれないからこそ、今は苦しむことを選ぼう。しかし、そうこうしているうちに、それ自体がなんだか気持よくなっていくという、不思議な現象である。<br />「届く」の節で挙げた理由と同様に、この一筋の光を与え続けるのが難しい。<br />1つのアンサーは気の抜けない状況を作り出すことだ。<br />世界の七不思議デュエルにおける軍事と科学勝利は、相手に達成されたその瞬間に、これまで築いてきた勝利点など関係なく、敗北させられてしまう。圧倒的不利な状況でも、「相手のミス次第であるいは…」という希望を抱かせれば、苦しむことに快感が残るだろう。<br /><br /><strong>「揃える」</strong><br />何かが揃うのは気持ちいい。<br />ペプシコーラでひたすらFFやSWのボトルキャップを集めたことがあるだろう。<br />どうせなら全て揃えて眺めたいと思うはずだ。<br />あるいは、ワンピースの15巻だけがない状態に我慢できるだろうか。1～70まで全て連番であることは気持ちいい。<br />セットコレクションのゲームが気持ちいい理由である。<br /><br /><strong>「無くす」</strong><br />部屋が片付くのは気持ちいい。<br />仕事が片付いても気持ちいい。<br />何かを無くしていくというのは、それが不要なものである限り、気持ちいいのだ。<br />ババ抜きが気持ちいい理由は、「当たる」「揃う」「無くす」の組み合わせだからだ。<br />ぷよぷよ、ツムツムの気持ちよさは、当たるのかわりに連鎖という形で、「つながる」が付随している。<br /><br /><strong>「増やす」</strong><br />逆に必要なものがどんどん増えると気持ちいい。<br />これは大体「つながる」とうまく組み合わさっていて、加速度的に増えていく演出がある。拡大再生産が気持ちいいのはこのためだ。<br />宝石の煌めきは、序盤はジリ貧で全く点数を稼げないが、ある瞬間を超えると急速に場が動き、1手番差で勝負が決まる状況になる。<br />宝石という嬉しいものが、どんどん増えるからだ。<br /><br /><strong>「流れる」</strong><br />何かがスパッと切れるのは気持ちいい。<br />それは、淀みがないからだ。<br />リズムよく何かが刻まれているのは気持ちいい。<br />たまねぎのみじん切りも、プロの料理人がやっていると気持ちよく見ていられる。<br />つまり、テンポがいいものは気持ちいいのだ。<br />UNOやリズム系ゲームの面白さはこの刻む楽しさと言える。<br /><br /><strong>「見つける」</strong><br />何かを見つけるのは気持ちいい。<br />「ウォーリーを探せ」をついついやってしまうのは、人ごみの中から、あの「赤白ボーダー男」を見つける気持ちよさを味わいたいからだ。<br />物理的な発見だけでなく、新しい戦術、組み合わせ、を見つけた時も気持ちいい。<br />TCGのデッキ構築を考えたくなるのは、この気持ちよさがあるためだ。<br />また、ワーカープレイスメント系ゲームは多様な勝ち筋が用意されているため、この見つける気持ちよさを提供していると言えるだろう。<br /><br /><strong>「操作する」</strong><br />自分以外の何かを動かすのは気持ちがいい。<br />それが自分よりはるかに大きいもの、力が強いもの、普通では動かせないものであればあるほど、それは気持ちがいい。<br />ジェット機を操縦する、社長に何かをしてもらう、経済を動かす。<br />これは「勝る」や「壊す」の感覚に似ている。<br />ゲームに寄せて考えると、「作戦がうまくいく」のは気持ちがいい。<br />自分の作戦にはまって相手がその通り動いた結果、自分が優位になるのは気持ちがいいだろう。つまり、「してやったり」と思えるかどうかだ。<br />インタラクションの多いゲーマーズゲームは、この気持ちよさの作り方がうまい。<br /><br /><strong>「酔う」</strong><br />酒に酔うのは気持ちがいい。<br />酔うというのは便利な表現で、人は様々なことに酔うことができる。<br />１つは自分自身に酔うのはとても気持ちいい。<br />「苦しい状況でもこんなに考えて最善策を模索している自分に酔う」ことはよくある。<br />そのためには気持ちよく酔える環境が必要だ。<br />綱渡りしながら酔いたいとは思わない。<br />見通しが良い大通りで酔いたいものだ。<br /><br />また、ゲームそのものに酔うことも気持ちいい。<br />これは没入感ともいえるが、自分と何かを重ね、入り込むことで気持ちよくなる。<br />TRPGにおけるロールプレイは、その典型的なものだろう。<br /><br /><strong>「訴える」</strong><br />五感に訴えてくるものは気持ちいい。<br />例えば将棋や囲碁の駒や石を置く音は気持ちいい響きだ。<br />触覚からいえば、質感が気持ちいものがある。<br />宝石のきらめきの円形プラスチックチップはあれを重ねて、カチャカチャしているだけで気持ちがいい。<br />見ていて気持ちがいいのは、カルカソンヌやカタンなど土地が変化、発展していくものだ。<br /><br /><br />さぁ、私の作っているゲームには、どの程度気持ちよさがあるだろうか。<br />まとめていて思ったのは、気持ちよさがゼロサムではダメだという点だ。<br />ゲームプレイヤー全体の「気持ちよさの総和」が、ゲームする前より上回っているかどうか。良いゲームは勝っても負けても気持ちいいのはそういうことなのだろう。<a name="more"></a>

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            <category>ボードゲームコラム</category>
      <author>らりお</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,begin-boardgames/432195944</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/430539711.html</link>
      <title>ココロとアタマで、ボードゲームをデザインしてみる</title>
      <pubDate>Tue, 01 Dec 2015 15:51:49 +0900</pubDate>
            <description>この記事は、Board Game Design Advent Calendar 2015の9日目の記事として書かれました。http://www.adventar.org/calendars/749今年も懲りずに参加させていただきました。「ココロとアタマで、ボードゲームをデザインをしてみる」そんな切り口で、語ってみようかと思います。【ココロでボードゲームデザイン】さて、ココロとアタマ。この順番が、実は大切です。ココロというのは、感情の話です。僕は、というか、もしかしたら”僕ら”..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
この記事は、Board Game Design Advent Calendar 2015の
9日目の記事として書かれました。
http://www.adventar.org/calendars/749

今年も懲りずに参加させていただきました。
「ココロとアタマで、ボードゲームをデザインをしてみる」
そんな切り口で、語ってみようかと思います。

<a href="http://begin-boardgames.up.seesaa.net/image/logicandemotion.jpg" target="_blank"><img src="http://begin-boardgames.up.seesaa.net/image/logicandemotion-thumbnail2.jpg" alt="logicandemotion.jpg" border="0" height="240" width="320"></a>

【ココロでボードゲームデザイン】

さて、ココロとアタマ。
この順番が、実は大切です。
ココロというのは、感情の話です。
僕は、というか、もしかしたら”僕ら”は、かもしれませんが、
常々、「感情的になってはいけない」と教えられてきました。
あらゆる点で僕は冷静であろうとします。
できるだけ、怒らない、悲しまない。
そしてそれを、できるだけ顔に出さない。

特に社会に出てからはその傾向は顕著になります。
あまりに感情的な人は、周囲から煙たがられますし、
なにより、面倒くさいやつに思えます。

だからかもしれません。
僕は常にロジカルであることこそが重要だと思ってきました。
感情に身を任せず、論理的に説明をすること。
「なぜそれはそうなのか」を語ることです。

最近は、世の中の流れも、この方向に加速している気がします。
例えば、ビッグデータ、というものがあります
これは、人々の何気ない行動をデータでロジカルに解析し、
何が”あの人”に受け入れられるかを探っているわけです。
つまり、人の無意識や感情による行動を論理化しようという試みです。

しかし、逆に言えば。
僕らは感情をうまく使うことをあまり意識していないのかもしれません。
そもそも、そういう訓練を受けてきていないのです。

確かに、僕は仕事で企画を考えるときも、
また、ボードゲーム制作をしているときも、
まずアタマで考えている気がします。

例えば、これは誰に、どういうシーンで遊んでもらって、
何がそのゲームシステムの核となるのか。
どういう時に、人は楽しいと思うんだろうか。
今ここが足りてないから、こういう要素を足せばいいんじゃないか……。
（それはこのブログの一連の記事を見ても大体分かるかと思います）

しかし、何か、違う気がするのです。
僕は最近、このやり方にすごく限界を感じ始めました。

なぜなら、これはまるで、徐行運転のようなのです。
少しアクセルを踏んだと思ったら、すぐにブレーキを踏んでしまう。

アタマで考えるとき、僕は常に理想と現実のギャップを意識してしまいます。
そしてそこには、いつも見えない常識の壁があります。
だから、すぐにアイディアにストップがかかってしまうのです。

「これがこうだったら、変だよな」
「ちょっと無理そうだよね」

これでは、飛躍的なアイディアにたどり着くのは困難です。
圧倒的に、助走が足りていないからですね。

そんなときです。
先日、すごくいい話を聞くことができました。
予防医学研究者の石川善樹さんという方がいらっしゃるのですが、
その方の対談イベントに参加したときのお話です。

彼が言うには、
「飛躍的なアイディアは、何も最初からすごいアイディアだったわけではない」
「つまり、そういうアイディアは育てて、生まれるものだ」
「そして育てるためには、誰かと感情を合わせることが大切だ」
というのです。

※前提として「一人より複数人の方がより良いアイディアを出しやすい」があります

この「感情を合わせる」というのがミソなのです。

どういうことかといいますと。
挙げられた例として、万有引力を発見したニュートンの話がありました。

僕の友達ニュートンくんが、ある日いきなりこんなことを言い出します。

「なぁ、らりおくん。ちょっと思ったんだけどさ。昨日寝転がってたら、
リンゴが木から落ちたんだよ……。これってさ、よく考えればすごくね！？」

それに対して僕は、きっとこう言うでしょう。

「おいおい何を言うんだ、ニュートンくん。
そんなことは当たり前だろう。今に始まったことじゃないじゃないか。」

これは感情ではなく、論理が先行しているための反応です。

しかし、ここで仮に私が
「確かに、確かに。それはすごいことかもしれないね！なんでだろう？」
と、感情を合わせてみるとします。

すると、通常なら潰れるはずのアイディアが、深堀される余地が出てくる。
つまり、一緒にアクセルを踏みきることができるわけです。

何かを考えるときには、「発散」と「収束」の段階があります。
感情（ココロ）でアイディアを発散させ、
それから論理（アタマ）で収束させていきます。

そして、この発散において大切なことは
十分な距離の、長い滑走路を用意しておくことなのです。
つまり、発散しても良い場で、発散できる相手と一緒に飛ばなければなりません。
論理が先行しすぎている相手や、冷めている相手、
またはそういう慣習のある場所は、S字カーブのようなものです。
そういう場所で感情アクセルを全開で踏むと、事故につながります。

これをボードゲームデザインにあてはめてみますと。
（それだけでなく、あらゆることに当てはまることなのですが）

●最初のゲームのアイディア出しは、感情優先で行うこと。
　つまり、楽しい、怒り、幸せ、不思議、な状態について”妄想してみる”。
　例えば、こんな言葉から始めてみることです。
「こんなのあったら楽しくない？」
「俺はとにかくこんなのがほしい！！」
「この前ゲームしてて、これにムカついたんだよなぁ」

※そして、感情で語る時には、「なぜ？」を考えない。
　理由を考え始めると、頭が論理思考に切り替わってしまいます。

●それを2人以上で、同じような感情のレベル（テンションといってもいい）で、
　一緒に語ってみること。
　例えば、こんな会話がいいですね。
「こんなのあったら楽しくない？」
「あー分かる！そういえばこの前さ、こんなのがあって……」

※理想的なのは、ただ相手に同調するわけではなく、
　マジカルバナナ的に発展させられることです。
　「もしこうだったら、こんなのもあるよね」
　「○○っていえばさ、こういうの楽しいよね」

ところで、上の例でもあげたような言葉って、どちらかというと
「女性的」だと思うんです。

例えば、我が家でもよくあるシーンとして、

嫁「昨日○○にこんなこと言われたんだけど、ほんとにむかついた」
夫「なんで○○がそんなこと言ったのか、考えてみたらいいんじゃない？」

みたいなのが、よくあります。
……ありますよね？

これは嫁は感情で語って、夫は論理で返してるパターンです。
そして、多くの場合、嫁の機嫌を損ねることになります。

でも、不思議なことに、女性同士だとそうはならないことが多いのです。

嫁「昨日○○にこんなこと言われたんだよ。ほんとにむかついた」
嫁友「あー分かる。そういうこと言われるとむかつくよねー」

これ、男性だと、なかなかできない反応ではないでしょうか。
嫁友は、ごく自然に、相手の感情レベルを合わせることができてます。

ですので、「感情のレベルを合わせる」ということを訓練しようと思えば、
まず、同調してみることです。
そして相手と一緒の絵を共有してみる。
最後に、そこから飛躍して妄想してみることです。

また、この発散する段階でパートナーに女性がいると、
アイディアを育てやすいのではないか、とも思っています。


【アタマでボードゲームデザイン】

さて、ここまではココロ（感情）をうまくつかって、
飛躍したアイディアを出してみよう。
そんな話をしてきました。

アイディアを発散したら、次は収束しなければいけません。
ここではアタマ（論理）が活きてきます。
つまり、男性的発想が活躍しやすいといえます。

さて、ロジカルに考えるためには、分解です。
物事はとても複雑です。
ぼやっとした全体を見ずに、パーツに分けてみることが大切です。

ボードゲームを分解すると、何になるでしょうか。
色々な分け方があるかと思います。
例えば、デザイン×ルール×コンポーネントでしょうか。

ただ、制作するという観点においては、
まず、「構造」と「バランス」に分けてみてはどうでしょう。

例えば、ここに2つのゲームがあるとしましょう。

「ゲームA」
1. 5枚のカードを配られる。
　 カードにはそれぞれ、サイコロの1～6に対応した効果が書かれている。
2. カードのいずれか1つを使う
3. サイコロを振り、その数値に応じたカードの効果を発動する

「ゲームB」
1. 5枚のカードを配られる。
　 カードにはそれぞれ、サイコロの1～6に対応した効果が書かれている。
2. サイコロを振り、その数値に応じたカードの効果を発動できる
3. カードのいずれか1つを使う

この二つのゲームは、手順の2と3を入れ替えただけですが、
プレイ感は全く異なるゲームになります。

ゲームAはより運要素の高いギャンブル的ゲームに感じられますし、
ゲームBはより戦略性の高いダイスプレイスメント的ゲームに感じられるでしょう。
（もちろん、勝利条件など、他の要素によって変化はありますが）

ボードゲーマーであれば、ゲームBを好む気がしますが、
どちらがゲームとして面白そうか、は今回の重要なテーマではありません。
発散フェイズで自分が作りたいと思っていたものを実現できているかどうか。
そこが作り手にとっての良し悪しの基準になります。

もし私の作りたいゲームが戦略性を重視しているにも関わらず、
ゲームAになっていた場合、これは「構造」に問題があるといえます。

手番の最後のアクションがランダム要素になっている場合、
どうしても運の要素が大きく感じられます。
最後に「自分で決める」という意志が入っていないわけですから。

解決するには、ゲームBのような手順にするか、
もしくは振った後のダイスをコントロールできる要素を入れる、
などがあるでしょうか。

一方、もしゲームBの構造になっているにも関わらず、
運の要素が強いと感じられた場合、これは「バランス」の問題かもしれません。

例えば、サイコロで6の目を出したときにあのカードを先に使えば、
ほぼ勝てるという状況があればどうでしょうか。
こういった不均衡は運の要素を高める原因となります。

発散フェイズで、「こんなゲームを作りたいよね！」という理想像を描き、
収束フェイズで、それを実現するための構造を作り、バランスを整える。

誰かにテストプレイをしてもらうとき、これは収束フェイズにあたりますので、
指摘があったポイントは「構造」の問題なのか、「バランス」の問題なのかに分けて考えてみると、解決が図りやすいと思います。

【まとめ】
今回の記事の内容は、普段から何かを作るという活動をされている方からすると、
とても当たり前のことかもしれません。
ただ、これまでそういった経験がなく、「初めて自分たちでボードゲームを作ってみた！」という私には、とても面白い考え方でした。

以下、まとめとなります。

●ココロ（感情）で考えを発散させて、アタマ（論理）で収束させる
⇒安全に1km進むより、100km進んで95km戻ったほうが結果的に進んでいる！

●1人で飛ぶのは難しい。感情のレベルを合わせてくれる相手と、話してみる
⇒同調力が高い人、女性がいるとアイディアは発展しやすいかも！

●ゲームアイディアを収束するときは、「構造」と「バランス」に分けて考える。
⇒発散から出た理想像と現在とのギャップが、どこにあるかを明確にしてみる！


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引き続きよろしくお願いします！
<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
この記事は、Board Game Design Advent Calendar 2015の<br />9日目の記事として書かれました。<br /><a href="http://www.adventar.org/calendars/749" target="_blank">http://www.adventar.org/calendars/749</a><br /><br />今年も懲りずに参加させていただきました。<br />「ココロとアタマで、ボードゲームをデザインをしてみる」<br />そんな切り口で、語ってみようかと思います。<br /><br /><a href="http://begin-boardgames.up.seesaa.net/image/logicandemotion.jpg" target="_blank"><img src="http://begin-boardgames.up.seesaa.net/image/logicandemotion-thumbnail2.jpg" alt="logicandemotion.jpg" border="0" height="240" width="320" onclick="location.href = 'https://begin-boardgames.seesaa.net/upload/detail/image/logicandemotion-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><strong>【ココロでボードゲームデザイン】</strong><br /><br />さて、ココロとアタマ。<br />この順番が、実は大切です。<br />ココロというのは、感情の話です。<br />僕は、というか、もしかしたら”僕ら”は、かもしれませんが、<br />常々、「感情的になってはいけない」と教えられてきました。<br />あらゆる点で僕は冷静であろうとします。<br />できるだけ、怒らない、悲しまない。<br />そしてそれを、できるだけ顔に出さない。<br /><br />特に社会に出てからはその傾向は顕著になります。<br />あまりに感情的な人は、周囲から煙たがられますし、<br />なにより、面倒くさいやつに思えます。<br /><br />だからかもしれません。<br />僕は常にロジカルであることこそが重要だと思ってきました。<br />感情に身を任せず、論理的に説明をすること。<br />「なぜそれはそうなのか」を語ることです。<br /><br />最近は、世の中の流れも、この方向に加速している気がします。<br />例えば、ビッグデータ、というものがあります<br />これは、人々の何気ない行動をデータでロジカルに解析し、<br />何が”あの人”に受け入れられるかを探っているわけです。<br />つまり、人の無意識や感情による行動を論理化しようという試みです。<br /><br />しかし、逆に言えば。<br />僕らは<strong>感情をうまく使うこと</strong>をあまり意識していないのかもしれません。<br />そもそも、そういう訓練を受けてきていないのです。<br /><br />確かに、僕は仕事で企画を考えるときも、<br />また、ボードゲーム制作をしているときも、<br />まずアタマで考えている気がします。<br /><br />例えば、これは誰に、どういうシーンで遊んでもらって、<br />何がそのゲームシステムの核となるのか。<br />どういう時に、人は楽しいと思うんだろうか。<br />今ここが足りてないから、こういう要素を足せばいいんじゃないか……。<br />（それはこのブログの一連の記事を見ても大体分かるかと思います）<br /><br />しかし、何か、違う気がするのです。<br />僕は最近、このやり方にすごく限界を感じ始めました。<br /><br />なぜなら、これはまるで、徐行運転のようなのです。<br />少しアクセルを踏んだと思ったら、すぐにブレーキを踏んでしまう。<br /><br />アタマで考えるとき、僕は常に理想と現実のギャップを意識してしまいます。<br />そしてそこには、いつも見えない常識の壁があります。<br />だから、すぐにアイディアにストップがかかってしまうのです。<br /><br />「これがこうだったら、変だよな」<br />「ちょっと無理そうだよね」<br /><br />これでは、飛躍的なアイディアにたどり着くのは困難です。<br />圧倒的に、助走が足りていないからですね。<br /><br />そんなときです。<br />先日、すごくいい話を聞くことができました。<br />予防医学研究者の石川善樹さんという方がいらっしゃるのですが、<br />その方の対談イベントに参加したときのお話です。<br /><br />彼が言うには、<br />「飛躍的なアイディアは、何も最初からすごいアイディアだったわけではない」<br />「つまり、そういうアイディアは育てて、生まれるものだ」<br />「そして育てるためには、誰かと<strong>感情を合わせる</strong>ことが大切だ」<br />というのです。<br /><br />※前提として「一人より複数人の方がより良いアイディアを出しやすい」があります<br /><br />この「感情を合わせる」というのがミソなのです。<br /><br />どういうことかといいますと。<br />挙げられた例として、万有引力を発見したニュートンの話がありました。<br /><br />僕の友達ニュートンくんが、ある日いきなりこんなことを言い出します。<br /><br />「なぁ、らりおくん。ちょっと思ったんだけどさ。昨日寝転がってたら、<br />リンゴが木から落ちたんだよ……。これってさ、よく考えればすごくね！？」<br /><br />それに対して僕は、きっとこう言うでしょう。<br /><br />「おいおい何を言うんだ、ニュートンくん。<br />そんなことは当たり前だろう。今に始まったことじゃないじゃないか。」<br /><br />これは感情ではなく、論理が先行しているための反応です。<br /><br />しかし、ここで仮に私が<br />「確かに、確かに。それはすごいことかもしれないね！なんでだろう？」<br />と、感情を合わせてみるとします。<br /><br />すると、通常なら潰れるはずのアイディアが、深堀される余地が出てくる。<br />つまり、一緒にアクセルを踏みきることができるわけです。<br /><br />何かを考えるときには、<strong>「発散」と「収束」</strong>の段階があります。<br />感情（ココロ）でアイディアを発散させ、<br />それから論理（アタマ）で収束させていきます。<br /><br />そして、この発散において大切なことは<br />十分な距離の、長い滑走路を用意しておくことなのです。<br />つまり、発散しても良い場で、発散できる相手と一緒に飛ばなければなりません。<br />論理が先行しすぎている相手や、冷めている相手、<br />またはそういう慣習のある場所は、S字カーブのようなものです。<br />そういう場所で感情アクセルを全開で踏むと、事故につながります。<br /><br />これをボードゲームデザインにあてはめてみますと。<br />（それだけでなく、あらゆることに当てはまることなのですが）<br /><br />●最初のゲームのアイディア出しは、感情優先で行うこと。<br />　つまり、楽しい、怒り、幸せ、不思議、な状態について”妄想してみる”。<br />　例えば、こんな言葉から始めてみることです。<br />「こんなのあったら楽しくない？」<br />「俺はとにかくこんなのがほしい！！」<br />「この前ゲームしてて、これにムカついたんだよなぁ」<br /><br />※そして、感情で語る時には、「なぜ？」を考えない。<br />　理由を考え始めると、頭が論理思考に切り替わってしまいます。<br /><br />●それを2人以上で、同じような感情のレベル（テンションといってもいい）で、<br />　一緒に語ってみること。<br />　例えば、こんな会話がいいですね。<br />「こんなのあったら楽しくない？」<br />「あー分かる！そういえばこの前さ、こんなのがあって……」<br /><br />※理想的なのは、ただ相手に同調するわけではなく、<br />　マジカルバナナ的に発展させられることです。<br />　「もしこうだったら、こんなのもあるよね」<br />　「○○っていえばさ、こういうの楽しいよね」<br /><br />ところで、上の例でもあげたような言葉って、どちらかというと<br /><strong>「女性的」</strong>だと思うんです。<br /><br />例えば、我が家でもよくあるシーンとして、<br /><br />嫁「昨日○○にこんなこと言われたんだけど、ほんとにむかついた」<br />夫「なんで○○がそんなこと言ったのか、考えてみたらいいんじゃない？」<br /><br />みたいなのが、よくあります。<br />……ありますよね？<br /><br />これは嫁は感情で語って、夫は論理で返してるパターンです。<br />そして、多くの場合、嫁の機嫌を損ねることになります。<br /><br />でも、不思議なことに、女性同士だとそうはならないことが多いのです。<br /><br />嫁「昨日○○にこんなこと言われたんだよ。ほんとにむかついた」<br />嫁友「あー分かる。そういうこと言われるとむかつくよねー」<br /><br />これ、男性だと、なかなかできない反応ではないでしょうか。<br />嫁友は、ごく自然に、相手の感情レベルを合わせることができてます。<br /><br />ですので、「感情のレベルを合わせる」ということを訓練しようと思えば、<br />まず、同調してみることです。<br />そして相手と一緒の絵を共有してみる。<br />最後に、そこから飛躍して妄想してみることです。<br /><br />また、この発散する段階でパートナーに女性がいると、<br />アイディアを育てやすいのではないか、とも思っています。<br /><br /><br /><strong>【アタマでボードゲームデザイン】</strong><br /><br />さて、ここまではココロ（感情）をうまくつかって、<br />飛躍したアイディアを出してみよう。<br />そんな話をしてきました。<br /><br />アイディアを発散したら、次は収束しなければいけません。<br />ここではアタマ（論理）が活きてきます。<br />つまり、男性的発想が活躍しやすいといえます。<br /><br />さて、ロジカルに考えるためには、<strong>分解</strong>です。<br />物事はとても複雑です。<br />ぼやっとした全体を見ずに、パーツに分けてみることが大切です。<br /><br />ボードゲームを分解すると、何になるでしょうか。<br />色々な分け方があるかと思います。<br />例えば、デザイン×ルール×コンポーネントでしょうか。<br /><br />ただ、制作するという観点においては、<br />まず、<strong>「構造」と「バランス」</strong>に分けてみてはどうでしょう。<br /><br />例えば、ここに2つのゲームがあるとしましょう。<br /><br /><strong>「ゲームA」</strong><br />1. 5枚のカードを配られる。<br />　 カードにはそれぞれ、サイコロの1～6に対応した効果が書かれている。<br />2. カードのいずれか1つを使う<br />3. サイコロを振り、その数値に応じたカードの効果を発動する<br /><br /><strong>「ゲームB」</strong><br />1. 5枚のカードを配られる。<br />　 カードにはそれぞれ、サイコロの1～6に対応した効果が書かれている。<br />2. サイコロを振り、その数値に応じたカードの効果を発動できる<br />3. カードのいずれか1つを使う<br /><br />この二つのゲームは、手順の2と3を入れ替えただけですが、<br />プレイ感は全く異なるゲームになります。<br /><br />ゲームAはより運要素の高いギャンブル的ゲームに感じられますし、<br />ゲームBはより戦略性の高いダイスプレイスメント的ゲームに感じられるでしょう。<br />（もちろん、勝利条件など、他の要素によって変化はありますが）<br /><br />ボードゲーマーであれば、ゲームBを好む気がしますが、<br />どちらがゲームとして面白そうか、は今回の重要なテーマではありません。<br /><strong>発散フェイズで自分が作りたいと思っていたものを実現できているかどうか。</strong><br />そこが作り手にとっての良し悪しの基準になります。<br /><br />もし私の作りたいゲームが戦略性を重視しているにも関わらず、<br />ゲームAになっていた場合、これは「構造」に問題があるといえます。<br /><br />手番の最後のアクションがランダム要素になっている場合、<br />どうしても運の要素が大きく感じられます。<br />最後に「自分で決める」という意志が入っていないわけですから。<br /><br />解決するには、ゲームBのような手順にするか、<br />もしくは振った後のダイスをコントロールできる要素を入れる、<br />などがあるでしょうか。<br /><br />一方、もしゲームBの構造になっているにも関わらず、<br />運の要素が強いと感じられた場合、これは「バランス」の問題かもしれません。<br /><br />例えば、サイコロで6の目を出したときにあのカードを先に使えば、<br />ほぼ勝てるという状況があればどうでしょうか。<br />こういった不均衡は運の要素を高める原因となります。<br /><br />発散フェイズで、「こんなゲームを作りたいよね！」という理想像を描き、<br />収束フェイズで、それを実現するための構造を作り、バランスを整える。<br /><br />誰かにテストプレイをしてもらうとき、これは収束フェイズにあたりますので、<br />指摘があったポイントは「構造」の問題なのか、「バランス」の問題なのかに分けて考えてみると、解決が図りやすいと思います。<br /><br /><strong>【まとめ】</strong><br />今回の記事の内容は、普段から何かを作るという活動をされている方からすると、<br />とても当たり前のことかもしれません。<br />ただ、これまでそういった経験がなく、「初めて自分たちでボードゲームを作ってみた！」という私には、とても面白い考え方でした。<br /><br />以下、まとめとなります。<br /><br />●ココロ（感情）で考えを発散させて、アタマ（論理）で収束させる<br />⇒安全に1km進むより、100km進んで95km戻ったほうが結果的に進んでいる！<br /><br />●1人で飛ぶのは難しい。感情のレベルを合わせてくれる相手と、話してみる<br />⇒同調力が高い人、女性がいるとアイディアは発展しやすいかも！<br /><br />●ゲームアイディアを収束するときは、「構造」と「バランス」に分けて考える。<br />⇒発散から出た理想像と現在とのギャップが、どこにあるかを明確にしてみる！<br /><br /><br /><strong>【PR】</strong><br />ボードゲーム制作サークル「こたつパーティー」は<br />2016年ゲームマーケット東京 春に向けて、新作を鋭意制作中です！<br />引き続きよろしくお願いします！<br /><a 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            <category>アイデア</category>
      <author>らりお</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,begin-boardgames/430539711</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/428709078.html</link>
      <title>【コラム】ボードゲームとTRPGの関係性について何かが分かったかもしれない</title>
      <pubDate>Thu, 29 Oct 2015 17:18:50 +0900</pubDate>
            <description>ゲームマーケット秋が近付いてまいりましたな。おかげさまで、春に販売した「猛牛が倒せない」は委託含め完売しました、皆様感謝でございます！秋のほうについては、情報公開が順次進んでいますね。その中でも、自分にとって刺さるゲームって、もう大体決まっています。「２人用 or ２人で遊んでも楽しい」 遊ぶ相手：嫁遊ぶ場所：家、旅行先プレイ時間：30分/プレイポイント：飽きにくい工夫、セットアップ楽、携帯性高め「３～４人用」遊ぶ相手：嫁＋将来大きくなった息子遊ぶ場所：家、旅行先プレイ時間：..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
ゲームマーケット秋が近付いてまいりましたな。
おかげさまで、春に販売した「猛牛が倒せない」は委託含め完売しました、皆様感謝でございます！

秋のほうについては、情報公開が順次進んでいますね。
その中でも、自分にとって刺さるゲームって、もう大体決まっています。

「２人用 or ２人で遊んでも楽しい」 
遊ぶ相手：嫁
遊ぶ場所：家、旅行先
プレイ時間：30分/プレイ
ポイント：飽きにくい工夫、セットアップ楽、携帯性高め

「３～４人用」
遊ぶ相手：嫁＋将来大きくなった息子
遊ぶ場所：家、旅行先
プレイ時間：10分/プレイ
ポイント：直感的、簡単、でも少し考える

「４人以上用 」
遊ぶ相手：同僚、友人（非ゲーマー）
遊ぶ場所：家、旅行先大人数
プレイ時間：10分～20分/プレイ
ポイント：パーティー系、シンプルなルール

「その他気にするポイント」
2～3行読んでワクワクするか（システムとテーマの調和）
アートワークの好み（シンプル、お洒落、絵本調）
体験卓でなぜかドハマリする
Twitterであまりにも話題になってる
ゲーム名がぶっ飛んでいる

ほとんどの場合は、遊ぶ相手にゲームがくっついていくようなイメージで買ってます。
私の場合、ゲーマーと一緒に遊ぶという機会が非常に少ないので、どうしても瞬間的爆発力の高そうなゲームを選びがちですね。
でも、システムとテーマがすごく合っていてワクワクさせられたやつは、そんなことに関係なく買っちゃいますけど（結局は理屈じゃねぇ！ビビッとくるかだ！！）。

とりあえず、今回は出展もしないので、ゆっくり、体験卓も遊びまくってやろうという算段でございます。
GM後には、こたパ打合せを開催して、春作るやつをほぼ決定する予定です。

さて、短いけど本題。
テーマは「ボードゲームと実行」。

ボードゲーム好きな人は同じかもしれないんですけど、私は「戦略」考えるのが好きなんですよ。仕事も海外戦略とかマーケティングですから、それがお仕事みたいなもんです。
一方で、自分に何が足りないのかって考えると、やっぱりそれは戦略を実行する力であり、それを作る仕組みなんですよね。

良い結果＝適切な戦略×適切な実行

こんな式を書けると思います。
つまり、自分を知り、相手を知り、お客さんを知って作った作戦を、ちゃんとやりきることができれば勝ち！

でも、実際の仕事の中とか、生活全般においてそうなんですけど、この「実行」ってのがすごい難しい。自分だけの実行ならまだなんとかなりますが、多くの場合、誰かにその作戦に則って動いてもらわないといけないわけですから。
動いてもらいたい相手はもちろんそれぞれ個人的な理由があるし、多くの場合利害関係になってたりするし。あとその組織の文化とかもすごく影響します。

翻ってボードゲームってやつは、この点がすごい気楽なんですよね。
だって作戦で勝てばいいわけで、その実行自体は100%なされるわけですから。
つまり、ボードゲームプレイヤーはゲーム駒から見たとき神様なわけです。
ワーカープレイスメントで駒がそこに置けないのは他の相手が既に置いているからであって（これは戦略の問題）、断じてその駒が一人手に違うプレイスに移動してしまうわけではありません。

そこで逆に、「いや、神様じゃなかったらどうなるんだ？」と考えてみます。
例えば仮に、私が農場の経営者だとします。適当なワーカープレイスメントゲームを思い浮かべましょう。

私「A君は今日ここで牛の世話をしてくれ」

A「いやですよ。なんでぼくは毎日牛の世話ばかりなんですか？ 羊の担当は『楽でいい仕事だぜ』ってよく言ってますよ。私に牛の世話ばかりさせるなら、もう少し給料上げてくださいよ。正直、うちの農場じゃなくても他にも農場はたくさんあるんですからね」

私「そ、そうか……給料のことは、ちょっと考えさせてくれ……。じゃ、じゃあB君はあっちで子作りはげんでくれ！」

B「なに言ってんすか、セクハラっすよ。それに僕のタイプはミランダ＝カーみたいな女性で、それ以外はノーサンキューなんです。まだまだ家庭に入るつもりもないですしね。というか社長、プライベートにまで口出ししないでくださいよ」

私「は、はい……すいませんでした」

というわけで、この手番、私は何もできませんでした……。

悲しい。
悲しすぎる。
現実は非情である。

こういう実行面をゲームに組み込もうとすると、実行の成否をどう判定するのかという問題にぶちあたります。人の感情を再現するシステムは人に依存するわけで、そうするとGM的な公平な立場の人が必要になるけど……。
あれ、それってTRPGじゃね？と今気づくわけです。

これまで、TRPGとボードゲームの差ってなんぞやね、と思ってたのですが、
自分なりの整理がついた瞬間が訪れます！

良い結果＝適切な戦略×適切な実行
ボードゲーム：戦略思考寄り
TRPG：実行思考寄り

つまり、ボードゲームもTRPGも好きで得意な人＝仕事ができるヒト！

……ほんとか？
でも、遠からず、かもしれない。

でも、そんなことよりね。
どちらを遊んだとしても、「この人と遊ぶと楽しいなぁ」と思われる人が一番じゃないですかね。
そんな人に、私はなりたい。

ではGM秋でお会いしましょうー！

【ボードゲーム制作サークルPR】

こたつパーティー（こたパ）
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WEB：http://www.kotatsu-party.com/　
ブログ：http://kotatsu-party.sblo.jp/　
Twitter: @kotatsu_pa

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「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」
http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
ゲームマーケット秋が近付いてまいりましたな。<br />おかげさまで、春に販売した「猛牛が倒せない」は委託含め完売しました、皆様感謝でございます！<br /><br />秋のほうについては、情報公開が順次進んでいますね。<br />その中でも、自分にとって刺さるゲームって、もう大体決まっています。<br /><br /><strong>「２人用 or ２人で遊んでも楽しい」 </strong><br />遊ぶ相手：嫁<br />遊ぶ場所：家、旅行先<br />プレイ時間：30分/プレイ<br />ポイント：飽きにくい工夫、セットアップ楽、携帯性高め<br /><br /><strong>「３～４人用」</strong><br />遊ぶ相手：嫁＋将来大きくなった息子<br />遊ぶ場所：家、旅行先<br />プレイ時間：10分/プレイ<br />ポイント：直感的、簡単、でも少し考える<br /><br /><strong>「４人以上用 」</strong><br />遊ぶ相手：同僚、友人（非ゲーマー）<br />遊ぶ場所：家、旅行先大人数<br />プレイ時間：10分～20分/プレイ<br />ポイント：パーティー系、シンプルなルール<br /><br /><strong>「その他気にするポイント」</strong><br />2～3行読んでワクワクするか（システムとテーマの調和）<br />アートワークの好み（シンプル、お洒落、絵本調）<br />体験卓でなぜかドハマリする<br />Twitterであまりにも話題になってる<br />ゲーム名がぶっ飛んでいる<br /><br />ほとんどの場合は、遊ぶ相手にゲームがくっついていくようなイメージで買ってます。<br />私の場合、ゲーマーと一緒に遊ぶという機会が非常に少ないので、どうしても瞬間的爆発力の高そうなゲームを選びがちですね。<br />でも、システムとテーマがすごく合っていてワクワクさせられたやつは、そんなことに関係なく買っちゃいますけど（結局は理屈じゃねぇ！ビビッとくるかだ！！）。<br /><br />とりあえず、今回は出展もしないので、ゆっくり、体験卓も遊びまくってやろうという算段でございます。<br />GM後には、こたパ打合せを開催して、春作るやつをほぼ決定する予定です。<br /><br />さて、短いけど本題。<br />テーマは<strong>「ボードゲームと実行」</strong>。<br /><br />ボードゲーム好きな人は同じかもしれないんですけど、私は「戦略」考えるのが好きなんですよ。仕事も海外戦略とかマーケティングですから、それがお仕事みたいなもんです。<br />一方で、自分に何が足りないのかって考えると、やっぱりそれは戦略を<strong>実行する力</strong>であり、それを作る仕組みなんですよね。<br /><br /><strong>良い結果＝適切な戦略×適切な実行</strong><br /><br />こんな式を書けると思います。<br />つまり、自分を知り、相手を知り、お客さんを知って作った作戦を、ちゃんとやりきることができれば勝ち！<br /><br />でも、実際の仕事の中とか、生活全般においてそうなんですけど、この「実行」ってのがすごい難しい。自分だけの実行ならまだなんとかなりますが、多くの場合、誰かにその作戦に則って動いてもらわないといけないわけですから。<br />動いてもらいたい相手はもちろんそれぞれ個人的な理由があるし、多くの場合利害関係になってたりするし。あとその組織の文化とかもすごく影響します。<br /><br />翻ってボードゲームってやつは、この点がすごい気楽なんですよね。<br />だって作戦で勝てばいいわけで、その実行自体は100%なされるわけですから。<br />つまり、ボードゲームプレイヤーはゲーム駒から見たとき神様なわけです。<br />ワーカープレイスメントで駒がそこに置けないのは他の相手が既に置いているからであって（これは戦略の問題）、断じてその駒が一人手に違うプレイスに移動してしまうわけではありません。<br /><br />そこで逆に、「いや、神様じゃなかったらどうなるんだ？」と考えてみます。<br />例えば仮に、私が農場の経営者だとします。適当なワーカープレイスメントゲームを思い浮かべましょう。<br /><br />私「A君は今日ここで牛の世話をしてくれ」<br /><br />A「いやですよ。なんでぼくは毎日牛の世話ばかりなんですか？ 羊の担当は『楽でいい仕事だぜ』ってよく言ってますよ。私に牛の世話ばかりさせるなら、もう少し給料上げてくださいよ。正直、うちの農場じゃなくても他にも農場はたくさんあるんですからね」<br /><br />私「そ、そうか……給料のことは、ちょっと考えさせてくれ……。じゃ、じゃあB君はあっちで子作りはげんでくれ！」<br /><br />B「なに言ってんすか、セクハラっすよ。それに僕のタイプはミランダ＝カーみたいな女性で、それ以外はノーサンキューなんです。まだまだ家庭に入るつもりもないですしね。というか社長、プライベートにまで口出ししないでくださいよ」<br /><br />私「は、はい……すいませんでした」<br /><br />というわけで、この手番、私は何もできませんでした……。<br /><br />悲しい。<br />悲しすぎる。<br />現実は非情である。<br /><br />こういう実行面をゲームに組み込もうとすると、実行の成否をどう判定するのかという問題にぶちあたります。人の感情を再現するシステムは人に依存するわけで、そうするとGM的な公平な立場の人が必要になるけど……。<br />あれ、<strong>それってTRPGじゃね？</strong>と今気づくわけです。<br /><br />これまで、TRPGとボードゲームの差ってなんぞやね、と思ってたのですが、<br />自分なりの整理がついた瞬間が訪れます！<br /><br />良い結果＝適切な戦略×適切な実行<br />ボードゲーム：戦略思考寄り<br />TRPG：実行思考寄り<br /><br />つまり、<strong>ボードゲームもTRPGも好きで得意な人＝仕事ができるヒト！</strong><br /><br />……ほんとか？<br />でも、遠からず、かもしれない。<br /><br />でも、そんなことよりね。<br />どちらを遊んだとしても、「この人と遊ぶと楽しいなぁ」と思われる人が一番じゃないですかね。<br />そんな人に、私はなりたい。<br /><br />ではGM秋でお会いしましょうー！<br /><br /><strong>【ボードゲーム制作サークルPR】</strong><br /><br />こたつパーティー（こたパ）<br />「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」<br /><br />WEB：<a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a>　<br />ブログ：<a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/</a>　<br />Twitter: @kotatsu_pa<br /><br />Podcast「こたトーク！」<br />「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」<br /><a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html</a><a name="more"></a>

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]]></content:encoded>
            <category>ボードゲームコラム</category>
      <author>らりお</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,begin-boardgames/428709078</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/426625396.html</link>
      <title>協力型ボードゲームの奉行問題について考えてみる</title>
      <pubDate>Thu, 24 Sep 2015 12:36:35 +0900</pubDate>
            <description>いま、僕は協力型のボードゲームを考えている。正確にいえばカードゲームだし、来年春のゲームとして採用されるかどうかは定かではないが、とにかく考えている。協力ゲームといえば、パンデミックやドラスレなど様々なゲームが思い浮かぶが、同時によく提起されることとして、「奉行問題」があると思う。※下記の記事は、この件について具体的に書かれているので大変参考になる。http://gamereview.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/blog-e6c4.htmlこ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
いま、僕は協力型のボードゲームを考えている。
正確にいえばカードゲームだし、来年春のゲームとして採用されるかどうかは定かではないが、とにかく考えている。協力ゲームといえば、パンデミックやドラスレなど様々なゲームが思い浮かぶが、同時によく提起されることとして、「奉行問題」があると思う。

※下記の記事は、この件について具体的に書かれているので大変参考になる。
http://gamereview.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/blog-e6c4.html

これは、チームのある一人のメンバーが強烈なリーダーシップをとり、各メンバーに助言（時には指示に近い）することで、その中心メンバー以外は操り人形となってしまうことである。その結果、あるプレイヤーにとってゲームが全く楽しくない、となる問題を指す。
なぜこれが起こってしまうのか。そこには単純な２つの側面がある。

１つは人の問題だ。
僕は、本当はこの問題が大きいと思っている。
前述の記事では、問題はジョンというよりもゲームにある、といっているが、ジョンとその仲間たちが一緒にゲームをしていること、この「マッチング」がそもそも良くない。
これについては、僕はこのブログで、「ゲームをする目的を合わせて、一緒にプレイする人を決めることの大切さ」を書いてきたので、特に書くことはない。
ジョンのようなプレイヤーは、一緒に遊ぶ相手と楽しむことより、ゲームに勝つことが重要だと考える人だ。そういうプレイヤー自体が悪いわけではないが、同じ属性のプレイヤー同士で遊べばいいと思う。


もう１つがゲームそのものの問題だ。
前述の記事では、「協力ゲームには答えがある。その答えが分かる人が偉く、説得力も出るため、他の人は従うしかない」という問題点を挙げている。
確かに、協力ゲームは基本的に無人のシステムと対峙することになる。それはあくまでシステムであり、無限に変化する人間の思惑が入らない。そのため、何かしらの最適解が出てしまう、というのは納得できることだ。

さて、これに対する解決策として、僕は2つの結論を出した。

１つはシンプルに「ルールで縛る」である。
つまり、何かを制限することが必要だ。
ジョンが自由に指示できる余裕を与えてはいけない。各自が考えなければならない要素をいれることだ。それも、「とってつけたもの」ではなく、ゲームのシステムとして重要な要素となる形で、である。

最も分かりやすい制限は、時間と情報量だ。
与えられた情報量を処理する時間を制限することで、物理的に指示や助言をほぼ不可能にする。これによって、各プレイヤーはある程度自立的に考えなければならない。
スペースアラートはこの方法で緊張感ある協力ゲームになっている。

他の制限は、コミュニケーションそのものだ。
ただ、協力ゲームの醍醐味であるコミュニケーションによる協力をなくすと、一方で魅力が半減してしまうので、工夫が必要だ。
例えば、HANABIは伝えられる情報が決まっている。それ以外は言ってはいけないから奉行問題から解放されている（ただし、あとからダメだしされる可能性は高い！）。

もしくは、各自ができるコミュニケーションの手段をバラバラにし、役割分担するとかはどうだろう。例えば、Aさんはジェスチャーしかできない。Bくんは口パクしかできないとか……。

さて、そんなちょっとバカっぽいことを考えているうちに、実はもっと大切なことに気がついた。

奉行問題が起こるのは、結局、「勝ちたい」という気持ちの強さが起こしているのではないだろうか。
もちろん、全員のプレイ目的はクリアにある。クリアのために協力するのだから、これはある意味当然のことだ。

しかし、そんな中、ちょっと逆説的なのだが、
「目的から目を逸らさせる」を２つ目の結論としたい。

つまり、勝利条件に常に目が行くわけではない構造になっていることが、奉行問題からの解放においては、重要ではないかと思ったわけだ。
各プレイヤーのあたまの中では、もちろん勝利条件は分かっているし、全員に共有されている。しかし、ゲームの過程そのものが楽しく、そこに熱中できること。それが実はこの問題解決にとても有効ではないかと考えた。

例えば、ドラスレというゲームを思い出してみよう。
あのゲームは最終的にドラゴンを倒すという明確で唯一の目的があるし、それがクリアの条件だ。
しかし、ゲーム中のほとんどは自分のキャラクターを育てるという部分に焦点が置かれている。そして毎手番プレイヤーはダイスをふり、その数値に一喜一憂するお楽しみがある。

つまり、ドラゴンを倒せるかどうかという目的と、それに対する手段である各キャラクターの成長は、もちろんつながっているのだが、常にドラゴンを倒してやるぞ！と意識しているわけではない。それ以外のお楽しみ要素に、意識が集中するのだ。
また、仮にドラゴンに負けたとしても、各キャラクターのこれまで起こしてきた行動の歴史があり、そこにはストーリーが生まれていて、十分に楽しめている。だから、悔しくはあるけれども、実は負けることにそこまで落胆はない。
これは目的と手段の緩い分離、といってもいいかもしれないし、結果の嬉しさ（悔しさ）とゲームの楽しさを分ける、といってもいいかもしれない。

この道をたどる場合、協力ゲームにおける運要素はかなり重要なウェイトを占める。
そしてそれは、ある程度ピーキーであることが重要だ。
これが過程の部分における楽しみとなり、毎回の自分の貢献になる。
運要素が多いと運ゲーだと批判されがちだが、これがなければどうしても目的に目が向き過ぎてしまう。つまり、きっとジョンは計算を始めるだろう。
「２ターン目でこれだけ育っていればドラゴンを倒せる確率は○○くらい上がるから今ここにいったほうがいいよね」と、こんなことを言い出すに違いない。
運は見通しを悪くするという面で、こういったプレイヤーには効果的かもしれない。
ジョンを一喜一憂させ、現在に目を向けさせるのだ。
そのために運要素は必要だと思う。

また、ある意味でのコミカルなテーマ設定も、これに一役買ってくれるかもしれない。
パンデミックやフラッシュポイントは、テーマ的にはシリアスで、そのためプレイヤーは英雄になりたいと思う。結果、プレイヤーの目線はかなり目的達成に寄りがちだ。
一方、カナイセイジ氏の「成敗！」はどうだろうか。
もちろん江戸にはびこる悪人を退治するというテーマだけを見ればシリアスなのだが、「えれきてる」「実は善人」などのお茶目な要素が、場を和らげてくれる。つまり、楽しむことそのものに目を向けさせてくれるのだ。
同じことはスペースアラートにも言える。このゲームは宇宙船に迫りくる敵を排除するシリアスな雰囲気の協力ゲームだ。しかし、いずれかのプレイヤーが数ターンに一回コンピューターにタッチしなければならない。なぜかって？ スクリーンセーバーが勝手に作動するためだ！！
おそらく、こういう緩急の要素が場を和らげる一つの秘訣なのではないかと思う。
いわゆるコミックリリーフというやつだ。

奉行問題から解放され、各プレイヤーがのびのびと遊べる協力ゲームは、過程と結果がゆるく分離されているもの、と結論づけたい。


協力ゲームの楽しさは、緩い共闘による緩い一体感だと、僕は思う。
各自が役割を認識して、楽しみながら貢献し、互いに緩くサポートし合う。その結果、勝てるかもしれないし、負けてしまうかもしれない。どちらにしても、「楽しかったね！」と言えるもの。それが、「良い協力ゲーム」なんじゃないかな。

そういう意味で、身内で遊ぶモンスターハンターは、デジタルゲームで少し毛色は違うけど、よくできた協力ゲームだと思う。
知らない人と遊ぶモンスターハンターが個人的に辛いと感じるのは、結局、報酬という目的を目当てにプレイしているので、負けて良かったとはならないかならなんだよなぁ。

そんなことを考えながら、今日も協力型ボドゲの制作に頭を悩ませている、らりおであった。まる。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
いま、僕は協力型のボードゲームを考えている。<br />正確にいえばカードゲームだし、来年春のゲームとして採用されるかどうかは定かではないが、とにかく考えている。協力ゲームといえば、パンデミックやドラスレなど様々なゲームが思い浮かぶが、同時によく提起されることとして、「奉行問題」があると思う。<br /><br />※下記の記事は、この件について具体的に書かれているので大変参考になる。<br /><a href="http://gamereview.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/blog-e6c4.html" target="_blank">http://gamereview.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/blog-e6c4.html</a><br /><br />これは、チームのある一人のメンバーが強烈なリーダーシップをとり、各メンバーに助言（時には指示に近い）することで、その中心メンバー以外は操り人形となってしまうことである。その結果、あるプレイヤーにとってゲームが全く楽しくない、となる問題を指す。<br />なぜこれが起こってしまうのか。そこには単純な２つの側面がある。<br /><br />１つは人の問題だ。<br />僕は、本当はこの問題が大きいと思っている。<br />前述の記事では、問題はジョンというよりもゲームにある、といっているが、ジョンとその仲間たちが一緒にゲームをしていること、この「マッチング」がそもそも良くない。<br />これについては、僕はこのブログで、「ゲームをする目的を合わせて、一緒にプレイする人を決めることの大切さ」を書いてきたので、特に書くことはない。<br />ジョンのようなプレイヤーは、一緒に遊ぶ相手と楽しむことより、ゲームに勝つことが重要だと考える人だ。そういうプレイヤー自体が悪いわけではないが、同じ属性のプレイヤー同士で遊べばいいと思う。<br /><br /><br />もう１つがゲームそのものの問題だ。<br />前述の記事では、「協力ゲームには答えがある。その答えが分かる人が偉く、説得力も出るため、他の人は従うしかない」という問題点を挙げている。<br />確かに、協力ゲームは基本的に無人のシステムと対峙することになる。それはあくまでシステムであり、無限に変化する人間の思惑が入らない。そのため、何かしらの最適解が出てしまう、というのは納得できることだ。<br /><br />さて、これに対する解決策として、僕は2つの結論を出した。<br /><br />１つはシンプルに<strong>「ルールで縛る」</strong>である。<br />つまり、何かを制限することが必要だ。<br />ジョンが自由に指示できる余裕を与えてはいけない。各自が考えなければならない要素をいれることだ。それも、「とってつけたもの」ではなく、ゲームのシステムとして重要な要素となる形で、である。<br /><br />最も分かりやすい制限は、時間と情報量だ。<br />与えられた情報量を処理する時間を制限することで、物理的に指示や助言をほぼ不可能にする。これによって、各プレイヤーはある程度自立的に考えなければならない。<br />スペースアラートはこの方法で緊張感ある協力ゲームになっている。<br /><br />他の制限は、コミュニケーションそのものだ。<br />ただ、協力ゲームの醍醐味であるコミュニケーションによる協力をなくすと、一方で魅力が半減してしまうので、工夫が必要だ。<br />例えば、HANABIは伝えられる情報が決まっている。それ以外は言ってはいけないから奉行問題から解放されている（ただし、あとからダメだしされる可能性は高い！）。<br /><br />もしくは、各自ができるコミュニケーションの手段をバラバラにし、役割分担するとかはどうだろう。例えば、Aさんはジェスチャーしかできない。Bくんは口パクしかできないとか……。<br /><br />さて、そんなちょっとバカっぽいことを考えているうちに、実はもっと大切なことに気がついた。<br /><br />奉行問題が起こるのは、結局、「勝ちたい」という気持ちの強さが起こしているのではないだろうか。<br />もちろん、全員のプレイ目的はクリアにある。クリアのために協力するのだから、これはある意味当然のことだ。<br /><br />しかし、そんな中、ちょっと逆説的なのだが、<br /><strong>「目的から目を逸らさせる」</strong>を２つ目の結論としたい。<br /><br />つまり、勝利条件に常に目が行くわけではない構造になっていることが、奉行問題からの解放においては、重要ではないかと思ったわけだ。<br />各プレイヤーのあたまの中では、もちろん勝利条件は分かっているし、全員に共有されている。しかし、ゲームの過程そのものが楽しく、そこに熱中できること。それが実はこの問題解決にとても有効ではないかと考えた。<br /><br />例えば、ドラスレというゲームを思い出してみよう。<br />あのゲームは最終的にドラゴンを倒すという明確で唯一の目的があるし、それがクリアの条件だ。<br />しかし、ゲーム中のほとんどは自分のキャラクターを育てるという部分に焦点が置かれている。そして毎手番プレイヤーはダイスをふり、その数値に一喜一憂するお楽しみがある。<br /><br />つまり、ドラゴンを倒せるかどうかという目的と、それに対する手段である各キャラクターの成長は、もちろんつながっているのだが、常にドラゴンを倒してやるぞ！と意識しているわけではない。それ以外のお楽しみ要素に、意識が集中するのだ。<br />また、仮にドラゴンに負けたとしても、各キャラクターのこれまで起こしてきた行動の歴史があり、そこにはストーリーが生まれていて、十分に楽しめている。だから、悔しくはあるけれども、実は負けることにそこまで落胆はない。<br />これは目的と手段の緩い分離、といってもいいかもしれないし、結果の嬉しさ（悔しさ）とゲームの楽しさを分ける、といってもいいかもしれない。<br /><br />この道をたどる場合、協力ゲームにおける運要素はかなり重要なウェイトを占める。<br />そしてそれは、ある程度ピーキーであることが重要だ。<br />これが過程の部分における楽しみとなり、毎回の自分の貢献になる。<br />運要素が多いと運ゲーだと批判されがちだが、これがなければどうしても目的に目が向き過ぎてしまう。つまり、きっとジョンは計算を始めるだろう。<br />「２ターン目でこれだけ育っていればドラゴンを倒せる確率は○○くらい上がるから今ここにいったほうがいいよね」と、こんなことを言い出すに違いない。<br />運は見通しを悪くするという面で、こういったプレイヤーには効果的かもしれない。<br />ジョンを一喜一憂させ、現在に目を向けさせるのだ。<br />そのために運要素は必要だと思う。<br /><br />また、ある意味でのコミカルなテーマ設定も、これに一役買ってくれるかもしれない。<br />パンデミックやフラッシュポイントは、テーマ的にはシリアスで、そのためプレイヤーは英雄になりたいと思う。結果、プレイヤーの目線はかなり目的達成に寄りがちだ。<br />一方、カナイセイジ氏の「成敗！」はどうだろうか。<br />もちろん江戸にはびこる悪人を退治するというテーマだけを見ればシリアスなのだが、「えれきてる」「実は善人」などのお茶目な要素が、場を和らげてくれる。つまり、楽しむことそのものに目を向けさせてくれるのだ。<br />同じことはスペースアラートにも言える。このゲームは宇宙船に迫りくる敵を排除するシリアスな雰囲気の協力ゲームだ。しかし、いずれかのプレイヤーが数ターンに一回コンピューターにタッチしなければならない。なぜかって？ スクリーンセーバーが勝手に作動するためだ！！<br />おそらく、こういう緩急の要素が場を和らげる一つの秘訣なのではないかと思う。<br />いわゆるコミックリリーフというやつだ。<br /><br />奉行問題から解放され、各プレイヤーがのびのびと遊べる協力ゲームは、<strong>過程と結果がゆるく分離されているもの</strong>、と結論づけたい。<br /><br /><br />協力ゲームの楽しさは、緩い共闘による緩い一体感だと、僕は思う。<br />各自が役割を認識して、楽しみながら貢献し、互いに緩くサポートし合う。その結果、勝てるかもしれないし、負けてしまうかもしれない。どちらにしても、「楽しかったね！」と言えるもの。それが、「良い協力ゲーム」なんじゃないかな。<br /><br />そういう意味で、身内で遊ぶモンスターハンターは、デジタルゲームで少し毛色は違うけど、よくできた協力ゲームだと思う。<br />知らない人と遊ぶモンスターハンターが個人的に辛いと感じるのは、結局、報酬という目的を目当てにプレイしているので、負けて良かったとはならないかならなんだよなぁ。<br /><br />そんなことを考えながら、今日も協力型ボドゲの制作に頭を悩ませている、らりおであった。まる。<a name="more"></a>

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            <category>ボードゲームコラム</category>
      <author>らりお</author>
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                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/424546504.html</link>
      <title>コラム：ゲームってなんだろうを、岩田さんの記事から考えてみた</title>
      <pubDate>Fri, 21 Aug 2015 16:59:07 +0900</pubDate>
            <description>すごく久しぶりの更新になってしまいました。最近は少しボードゲームから離れ（とはいっても作る方は進めているんですけど）、身の回りのことを色々とやっていましたし、やっています。今日は、下記の日経ビジネスの記事を読んで感じたことがあるので、すごーく徒然なるままに書いてみたいと思います。まずは、リンク先の記事だけでもお読みいただくだけで、ボードゲームが好きな人には、何か心に来るものがあるのではないでしょうか。とても面白い記事です。「任天堂・岩田さんが遺した本当の功績」http://b..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
すごく久しぶりの更新になってしまいました。
最近は少しボードゲームから離れ（とはいっても作る方は進めているんですけど）、身の回りのことを色々とやっていましたし、やっています。

今日は、下記の日経ビジネスの記事を読んで感じたことがあるので、すごーく徒然なるままに書いてみたいと思います。
まずは、リンク先の記事だけでもお読みいただくだけで、ボードゲームが好きな人には、何か心に来るものがあるのではないでしょうか。とても面白い記事です。

「任天堂・岩田さんが遺した本当の功績」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/081900049/?P=1

この記事を読み終わったときに、心に浮かんだ言葉は「無念」であり、
「ゲームってなんだろう」ということでした。

今年、任天堂がDeNAと提携するという話を聞いた時、僕は実はとても興奮していたのです。
あ、これでスマホゲームの市場は変わるな、という思いがありました。
あの発表の時、いよいよ任天堂も課金ビジネスか、という人が僕の周りにも大勢いたのですけど、絶対そうはならないだろうという確信がありました。
きっと任天堂は、きちんと「ゲーム」で勝負してくれるんだと。

ところで、パズドラなどのスマホゲームが変えたものは、なんでしょうか。
どこでも手軽に本格的なゲームが遊べるようになったこと？
うーん。

「ゲームと時間とお金の関係」だと、僕は思います。

多くのスマホゲームは、遊ぶために体力やハートといったものが必要で、それはたいていの場合、時間経過によって、もしくはすぐに遊びたい場合は、お金や友人紹介などの口コミによって回復します。
だから、スマホゲームをやるときの僕は、「あ、時間になったから（回復したから）やらなきゃ」と思ってゲームを立ち上げます。

つまり、ゲームが時間をコントロールしているんですよね。

なんで「やらなきゃ」って思うかというと、多くのゲームは少なからず競争心を煽る構造をとっています。それに勝ちたいと、まぁ本能的に思いますよね、人間ですし。
そして、時間はお金で買えるようになって（これはどの市場もそうなので、普通の考え方ですけど）。ゲームに勝つための強さも、ガチャという形で、お金で買えるようになって。

このモデルが僕たちに提供している価値は、まぁ、3つくらいあるんじゃないかなと思います。
1.　ガチャですごいのが当たると嬉しい。ギャンブルとか、射幸心とか
2.　人生を賭けるほどの金額をかけなくても、その世界で得られる優越感
3.　隙間の時間を手軽に埋めてくれる

ここまで書いてみて思うのは、「ゲームってなんだったっけ…？」ということ。
これはネットが発達してスマホが発達したから、新しいゲームの形なんです！
って、本当にそうなんですかね……？ 

そりゃぁ、スマホっていうタッチパネルの小さな画面を利用した、いろんなゲーム性はあるんでしょうけどね（フリックしたり、なぞったり、タイミングよく押したり）。でも、表向きゲームと言っているだけで、根本的には別の何かだと思うのです。
なんだろう、ある程度の金額を投入すれば必ず「優越感」という日常生活では得難いものを得られる、約束されたギャンブル？みたいな。

こんだけ書いておいてあれですが、僕はスマホゲーをやります。
たまーに、ちょっとしたギャンブル的緊張感を得たかったり、ちょっとした優越感を持ちたかったりして、課金もしちゃいます。
でも、求めているのはそういうことだと分かっているし、それはそれで需要があるから市場が成り立っているんで、別にいいんです。

でも、もっかい言うと、ゲームではないですよね。
あと、会社は儲かって嬉しいだろうけど、人に優しくないよね。
（ガチャモデル以外にも、広告型とかコンテンツ切り売り型とか、まぁなんか色々あるから、一概にスマホゲームとしては語れないですけど）

ゲームはエンターテイメントの１つの形だと見れば、きっとそれは時間を豊かにするものなのだと、僕は信じています。
豊かにしてくれるなら、きっと、自分からやりたいと思ってやるんだろうね。
映画だって、ライブだってそういうもんじゃないかなぁ。

なんでやりたいのかっていうと、それは、楽しいからじゃない？
相手に勝てるから楽しいんだよ、ってのもあるけど、要は世界観なんじゃないのかな。
そこに行くと、なんか「発見」があったり、気付いていないかもしれないけど、ちょっとした自分の中で「成長」があったり。
レベルアップとか、分かりやすいものだけじゃなくてね。
あえて言語化するなら、感性と知性において、という話かもしれない。

僕がボードゲームにハマったのは、そういう没入感だし、ゲーム性ってものの奥深さだったり。
つまりは、その世界観の上で誰かと遊ぶってことが、楽しかったんですよね。
そこにいけば、いつだって何か感情をゆさぶってくれて、新しいことに出会えるんだから。

僕は、任天堂がスプラトゥーンで見せてくれたように、またみんなにゲームってこういうことでしょ、というのを、今度はスマホで見せてくれるんだと期待していました。ビジネスモデルを変えて、もちろん儲けを出して持続できるような形でね。
今だって、もちろん期待はしています。ただ、岩田さんがいなくなってしまったことで、大事な何かが変わってしまわないか、それだけが少し不安です。
そして、「どう変わるか、まぁみててくださいよ」と語っていた岩田さんが、それを天国から見守ることしかできなくなってしまったのが、「無念」だと思っています。

ゲームに限らないですけど、会社は応援されたいですよね。
そのためには、ゲームだけじゃなくて、会社そのものの世界観がどれだけみんなに伝わっていて、そして共感されているか。それがとても重要だと思うのです。
いくら儲けていて株主にお金を還元していても、それだけで長く続けられる時代じゃなくなってきたんじゃないかな。
だって、時代は経済から文化の時代になってると思うのです。

そういう意味で、神は細部に宿るというけど、任天堂の心遣いとか、岩田さんがやりたかったこととか、そういうことが任天堂の製品には溢れているよね。
だから、任天堂はなんかいいよね、とみんな応援したくなるんじゃないかな。

最後に、記事の中で一番印象に残った岩田さんの言葉を引用します。

要は、ほかにこうやればビジネスができますよ、ということを示すことが、「道徳的にけしからん」と言うよりもずっと意義があると思うんですよ

言うんじゃなくて、やって見せる。
ほぼ日の対談の中でも、岩田さんは常に行動している人でした。
そして彼はいつも自分でルールを決め、迷わないようにしているようにも思えました。

今後、どうゲームが変わっていくのか。
僕自身も、はしっこの方で、小さく何かを変えていきたいなと、そんなことを考えました。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
すごく久しぶりの更新になってしまいました。<br />最近は少しボードゲームから離れ（とはいっても作る方は進めているんですけど）、身の回りのことを色々とやっていましたし、やっています。<br /><br />今日は、下記の日経ビジネスの記事を読んで感じたことがあるので、すごーく徒然なるままに書いてみたいと思います。<br />まずは、リンク先の記事だけでもお読みいただくだけで、ボードゲームが好きな人には、何か心に来るものがあるのではないでしょうか。とても面白い記事です。<br /><br /><strong>「任天堂・岩田さんが遺した本当の功績」</strong><br /><a href="http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/081900049/?P=1" target="_blank">http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/081900049/?P=1</a><br /><br />この記事を読み終わったときに、心に浮かんだ言葉は「無念」であり、<br />「ゲームってなんだろう」ということでした。<br /><br />今年、任天堂がDeNAと提携するという話を聞いた時、僕は実はとても興奮していたのです。<br />あ、これでスマホゲームの市場は変わるな、という思いがありました。<br />あの発表の時、いよいよ任天堂も課金ビジネスか、という人が僕の周りにも大勢いたのですけど、絶対そうはならないだろうという確信がありました。<br />きっと任天堂は、きちんと「ゲーム」で勝負してくれるんだと。<br /><br />ところで、パズドラなどのスマホゲームが変えたものは、なんでしょうか。<br />どこでも手軽に本格的なゲームが遊べるようになったこと？<br />うーん。<br /><br /><strong>「ゲームと時間とお金の関係」</strong>だと、僕は思います。<br /><br />多くのスマホゲームは、遊ぶために体力やハートといったものが必要で、それはたいていの場合、時間経過によって、もしくはすぐに遊びたい場合は、お金や友人紹介などの口コミによって回復します。<br />だから、スマホゲームをやるときの僕は、「あ、時間になったから（回復したから）やらなきゃ」と思ってゲームを立ち上げます。<br /><br />つまり、<strong>ゲームが時間をコントロールしている</strong>んですよね。<br /><br />なんで「やらなきゃ」って思うかというと、多くのゲームは少なからず競争心を煽る構造をとっています。それに勝ちたいと、まぁ本能的に思いますよね、人間ですし。<br />そして、時間はお金で買えるようになって（これはどの市場もそうなので、普通の考え方ですけど）。ゲームに勝つための強さも、ガチャという形で、お金で買えるようになって。<br /><br />このモデルが僕たちに提供している価値は、まぁ、3つくらいあるんじゃないかなと思います。<br />1.　ガチャですごいのが当たると嬉しい。ギャンブルとか、射幸心とか<br />2.　人生を賭けるほどの金額をかけなくても、その世界で得られる優越感<br />3.　隙間の時間を手軽に埋めてくれる<br /><br />ここまで書いてみて思うのは、「ゲームってなんだったっけ…？」ということ。<br />これはネットが発達してスマホが発達したから、新しいゲームの形なんです！<br />って、本当にそうなんですかね……？ <br /><br />そりゃぁ、スマホっていうタッチパネルの小さな画面を利用した、いろんなゲーム性はあるんでしょうけどね（フリックしたり、なぞったり、タイミングよく押したり）。でも、表向きゲームと言っているだけで、根本的には別の何かだと思うのです。<br />なんだろう、ある程度の金額を投入すれば必ず「優越感」という日常生活では得難いものを得られる、約束されたギャンブル？みたいな。<br /><br />こんだけ書いておいてあれですが、僕はスマホゲーをやります。<br />たまーに、ちょっとしたギャンブル的緊張感を得たかったり、ちょっとした優越感を持ちたかったりして、課金もしちゃいます。<br />でも、求めているのはそういうことだと分かっているし、それはそれで需要があるから市場が成り立っているんで、別にいいんです。<br /><br />でも、もっかい言うと、ゲームではないですよね。<br />あと、会社は儲かって嬉しいだろうけど、人に優しくないよね。<br />（ガチャモデル以外にも、広告型とかコンテンツ切り売り型とか、まぁなんか色々あるから、一概にスマホゲームとしては語れないですけど）<br /><br />ゲームはエンターテイメントの１つの形だと見れば、きっとそれは時間を豊かにするものなのだと、僕は信じています。<br />豊かにしてくれるなら、きっと、自分からやりたいと思ってやるんだろうね。<br />映画だって、ライブだってそういうもんじゃないかなぁ。<br /><br />なんでやりたいのかっていうと、それは、楽しいからじゃない？<br />相手に勝てるから楽しいんだよ、ってのもあるけど、要は世界観なんじゃないのかな。<br />そこに行くと、なんか「発見」があったり、気付いていないかもしれないけど、ちょっとした自分の中で「成長」があったり。<br />レベルアップとか、分かりやすいものだけじゃなくてね。<br />あえて言語化するなら、感性と知性において、という話かもしれない。<br /><br />僕がボードゲームにハマったのは、そういう没入感だし、ゲーム性ってものの奥深さだったり。<br />つまりは、その世界観の上で誰かと遊ぶってことが、楽しかったんですよね。<br />そこにいけば、いつだって何か感情をゆさぶってくれて、新しいことに出会えるんだから。<br /><br />僕は、任天堂がスプラトゥーンで見せてくれたように、またみんなにゲームってこういうことでしょ、というのを、今度はスマホで見せてくれるんだと期待していました。ビジネスモデルを変えて、もちろん儲けを出して持続できるような形でね。<br />今だって、もちろん期待はしています。ただ、岩田さんがいなくなってしまったことで、大事な何かが変わってしまわないか、それだけが少し不安です。<br />そして、「どう変わるか、まぁみててくださいよ」と語っていた岩田さんが、それを天国から見守ることしかできなくなってしまったのが、「無念」だと思っています。<br /><br />ゲームに限らないですけど、会社は応援されたいですよね。<br />そのためには、ゲームだけじゃなくて、会社そのものの世界観がどれだけみんなに伝わっていて、そして共感されているか。それがとても重要だと思うのです。<br />いくら儲けていて株主にお金を還元していても、それだけで長く続けられる時代じゃなくなってきたんじゃないかな。<br />だって、時代は経済から文化の時代になってると思うのです。<br /><br />そういう意味で、神は細部に宿るというけど、任天堂の心遣いとか、岩田さんがやりたかったこととか、そういうことが任天堂の製品には溢れているよね。<br />だから、任天堂はなんかいいよね、とみんな応援したくなるんじゃないかな。<br /><br />最後に、記事の中で一番印象に残った岩田さんの言葉を引用します。<br /><br /><strong>要は、ほかにこうやればビジネスができますよ、ということを示すことが、「道徳的にけしからん」と言うよりもずっと意義があると思うんですよ</strong><br /><br />言うんじゃなくて、やって見せる。<br />ほぼ日の対談の中でも、岩田さんは常に行動している人でした。<br />そして彼はいつも自分でルールを決め、迷わないようにしているようにも思えました。<br /><br />今後、どうゲームが変わっていくのか。<br />僕自身も、はしっこの方で、小さく何かを変えていきたいなと、そんなことを考えました。<a name="more"></a>

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            <category>ボードゲームコラム</category>
      <author>らりお</author>
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                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/419736922.html</link>
      <title>「ボードゲームって何？」に対するベストアンサーを考えてみる</title>
      <pubDate>Thu, 28 May 2015 17:50:35 +0900</pubDate>
            <description>久々に実家の大阪に帰り、高校時代の旧友と飲んでいた時のこと。「最近休みの日は何してんの？」とよくある話題へ。ギター、カフェ巡り、テニスなどなど……当たり障りのない趣味（失礼）で、ほどほどに盛り上がる。そんな中、なんとなく流れで僕の番へ。「え、俺はあれやん。ボードゲーム」「……（1.5秒の沈黙）、へぇ～」……うん、分かってへんな。「人生ゲームとかしてんのかな、こいつ。いい歳して…ぷぷぷっ」という感じが伝わってくる！「ボードゲームって何？」「それは……えっとな。世界にはトランプと..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
久々に実家の大阪に帰り、高校時代の旧友と飲んでいた時のこと。
「最近休みの日は何してんの？」とよくある話題へ。

ギター、カフェ巡り、テニスなどなど……
当たり障りのない趣味（失礼）で、ほどほどに盛り上がる。
そんな中、なんとなく流れで僕の番へ。

「え、俺はあれやん。ボードゲーム」
「……（1.5秒の沈黙）、へぇ～」

……うん、分かってへんな。
「人生ゲームとかしてんのかな、こいつ。いい歳して…ぷぷぷっ」
という感じが伝わってくる！

「ボードゲームって何？」
「それは……えっとな。世界にはトランプとか人生ゲーム以外にも色々なアナログなゲームがあんねん。それぞれが独自のルールで、こうなんていうか、運と戦略のバランスがいいジレンマのあるゲームなんよねー」
「……（3秒の沈黙）へぇ～」

やっぱ分かってへんやん！！！

と、このような体験はボードゲーマーの皆様なら1度はあるのではないでしょうか。
「ボードゲームって何？」と聞かれた時に、我々はなんと答えればいいのでしょうか。

毎回いきあたりばったりな回答をしてしまうので、今回は自分なりのベストアンサーを作ってみたいと思います。

【どうなったらベストなのか？】

そもそもから入りましょう。
「ボードゲームって何？」を伝えた後、どのような反応をされたらベストなのか。
例えばこんな感じですよね。

「へぇ～面白そう！今度一緒にやりたい！」

要するに、「感動」や「驚き」。このあたりの感情をくすぐる言葉で返すことができ、聞き手の「やりたい」という「好奇心」に結び付けられれば、それはおそらくベストアンサーでしょう。

ちなみに、今回の記事はボードゲームの定義について語るものではありません。
あくまで、前述のようなシチュエーション、つまり相手が全くボードゲームというものを認知していない状況のとき、何を伝えれば相手をワクワクさせ、やってみたいと思わせるのか。そこについて考えてみるものです。

また、ベストは誰に伝えるのかによっても異なります。例えば50歳の女性に伝えるべき事と10歳の少年に伝えるべき事は違うでしょう。
今回のケースは自分によくあるシーンとして、20-30代の男性を想定して話を進めます（そうは言いつつも、なるべく誰にでも刺さりやすい言葉を模索してみますが）。

【重要なのは定義ではなく、ストーリー】

ここで、以前書いた記事をもう一度掘り起こしてみます。

「心に残るアイデアを伝えるためのチェックリスト」
http://begin-boardgames.seesaa.net/article/407444971.html

この記事の中で、伝えて記憶してもらうための重要な要素を書きました。それが以下の6つの要素になります（詳しくは前述のリンクから記事をお読みください）。

1. 単純か？
2. 意外性があるか？
3. 具体的か？
4. 信頼性があるか？
5. 感情に訴えかけているか？
6. 物語性があるか？

特にこのうち「物語性」ということに着目してみます。

つまり、私は今まで「ボードゲームはどういうものか」を定義的に説明しようとして失敗していました。しかし、この手のアプローチでは心に響きにくい。「ああ、そういうのもあるのね」で終わってしまう可能性が高いのです。
なぜなら、そこには物語性がなく、イメージしにくいからです。

そして、私は考えました。
要は「ストーリー」を伝えればいいのではないかと。

多くの人はボードゲームをやってみると「面白い！」と思ってくれます。
でもボードゲームと聞いただけでは、ピンと来ないし、その定義を聞いてもいまいち面白さが伝わらない。
ならば、ボードゲームの面白い部分を、「話を通して体験してもらえばいい」ということです。
つまり聞き手を没入させるストーリーテリングでボードゲームについて語るのです。

そこで、ボードゲームらしいジレンマで、なおかつワクワクして、分かりやすいものは何かを考えてみました。

そうして出来上がったのが、下記のお話です。

【「ボードゲームって何？」に対するベストアンサー】

「ボードゲームって何？」
居酒屋で程よく出来上がった友人が、あなたに尋ねます。

「そうやね、例えば○○君が探検家やとする。仲間5人を連れて、危険いっぱいの洞窟にダイヤモンドを求めて潜っとるわけよ、インディージョーンズみたいに」

ボードゲームが何かを聞いているのに、いきなり探検家の話をされて面食らいつつも、友人はそのシーンを想像して、ふんふんと頷きます。

「幸運なことに、○○君たちは探検の途中でダイヤを10個見つけることができた。その時、5人の仲間と○○君はそれぞれがまだ先に進むか、それとも帰るかを選ぶことになった。つまり、いっせーのでで、帰るか、進むかを宣言することにしたわけよ。今帰ればとりあえずダイヤを持て帰れる。でも、この先進めばもっとダイヤが出てくるかもしれへんで。それこそ20個とか。でも洞窟には危険が多いから、これ以上行けば死んでしまうかもしれへん」

友人は「ほほう」と頷きつつ、「俺なら帰るかな」と何となく考えているようだ。

「ただし！ 帰るって決めた人が複数いた場合、今あるダイヤはその帰る人たち全員で山分けや。例えば6人中5人が帰るなら１人2個ずつしかダイヤを持って帰られへん。しかも、一回帰ったらもう洞窟には入られへんねん。でも、先に進むと決めた１人の探検家は、そこから先で出たダイヤは独り占めできるわけよ。さぁ、○○君ならどうする？」

「ええー……悩ましいなぁ。でも、もし１人で帰れたらダイヤ10個を全部一人占めできるわけやろ。うーん……どのくらいその先が危険かってことにもよるよなぁ……ぶつぶつ……」

友人はその悩ましい状況に首をかしげ、どうしようか真剣に考えている。
そこであなたは、友人にドヤ顔でこう言うのです。

「これがボードゲームやねん。今回は探検家っていうテーマやったけど、それこそ服の仕立屋とか、カーテン商人とか、色々なテーマに沿ってこういう良いジレンマがあんのよ。ルールもほんまに多彩やから、飽きひんし、違うゲームするたびにワクワクするで」

「へぇ～面白そう！今度やろうや！」

やった！ 第三部～完～


【ポイント】

今回はお気づきの通り「インカの黄金」（ダイヤモンド）をベースにしています。
このゲームのジレンマは個人的に非常に分かりやすく、また想像しやすかったためです。もしかするとより紹介に適したゲームがあるのかもしれません。自分がインストの得意なゲームでも良いかもしれませんね。
ポイントは4つです。

●定義ではなく、ストーリーによる体験でボドゲの魅力を語る

●細かいルールはカット。重要なジレンマパートだけを理解してもらう

●カードを使うなどの表現を使わず、あくまでストーリーとして伝える

●最後の〆で様々なテーマのボードゲームがあり、色々なジレンマがあるため遊ぶたびにワクワクすることを伝える

みなさんも「ボードゲームって何？」に対する鉄板のジレンマ体験ストーリーを考えてみてはいかがでしょうか。案外、何もない状況でそれを体験してもらうのは難しいかもしれません。

この問いが来た時に、必ずボードゲーマーが１人増えるようになれば、遊べる相手がもっともっと広がってハッピーですね。

【ボードゲーム制作サークルPR】

こたつパーティー（こたパ）
「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」

ゲームマーケット2015春
「猛牛が倒せない」取扱店：すごろくや様、イエローサブマリン様
「CITRUS×CITRUS」取扱店：イエローサブマリン様

WEB：http://www.kotatsu-party.com/　
ブログ：http://kotatsu-party.sblo.jp/　
Twitter: @kotatsu_pa

Podcast「こたトーク！」
「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」
http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
久々に実家の大阪に帰り、高校時代の旧友と飲んでいた時のこと。<br />「最近休みの日は何してんの？」とよくある話題へ。<br /><br />ギター、カフェ巡り、テニスなどなど……<br />当たり障りのない趣味（失礼）で、ほどほどに盛り上がる。<br />そんな中、なんとなく流れで僕の番へ。<br /><br />「え、俺はあれやん。ボードゲーム」<br />「……（1.5秒の沈黙）、へぇ～」<br /><br />……うん、分かってへんな。<br />「人生ゲームとかしてんのかな、こいつ。いい歳して…ぷぷぷっ」<br />という感じが伝わってくる！<br /><br />「ボードゲームって何？」<br />「それは……えっとな。世界にはトランプとか人生ゲーム以外にも色々なアナログなゲームがあんねん。それぞれが独自のルールで、こうなんていうか、運と戦略のバランスがいいジレンマのあるゲームなんよねー」<br />「……（3秒の沈黙）へぇ～」<br /><br />やっぱ分かってへんやん！！！<br /><br />と、このような体験はボードゲーマーの皆様なら1度はあるのではないでしょうか。<br />「ボードゲームって何？」と聞かれた時に、我々はなんと答えればいいのでしょうか。<br /><br />毎回いきあたりばったりな回答をしてしまうので、今回は自分なりのベストアンサーを作ってみたいと思います。<br /><br /><strong>【どうなったらベストなのか？】</strong><br /><br />そもそもから入りましょう。<br />「ボードゲームって何？」を伝えた後、どのような反応をされたらベストなのか。<br />例えばこんな感じですよね。<br /><br />「へぇ～面白そう！今度一緒にやりたい！」<br /><br />要するに、「感動」や「驚き」。このあたりの感情をくすぐる言葉で返すことができ、聞き手の「やりたい」という「好奇心」に結び付けられれば、それはおそらくベストアンサーでしょう。<br /><br />ちなみに、今回の記事はボードゲームの定義について語るものではありません。<br />あくまで、前述のようなシチュエーション、つまり相手が全くボードゲームというものを認知していない状況のとき、何を伝えれば相手をワクワクさせ、やってみたいと思わせるのか。そこについて考えてみるものです。<br /><br />また、ベストは誰に伝えるのかによっても異なります。例えば50歳の女性に伝えるべき事と10歳の少年に伝えるべき事は違うでしょう。<br />今回のケースは自分によくあるシーンとして、20-30代の男性を想定して話を進めます（そうは言いつつも、なるべく誰にでも刺さりやすい言葉を模索してみますが）。<br /><br /><strong>【重要なのは定義ではなく、ストーリー】</strong><br /><br />ここで、以前書いた記事をもう一度掘り起こしてみます。<br /><br />「心に残るアイデアを伝えるためのチェックリスト」<br /><a href="http://begin-boardgames.seesaa.net/article/407444971.html" target="_blank">http://begin-boardgames.seesaa.net/article/407444971.html</a><br /><br />この記事の中で、伝えて記憶してもらうための重要な要素を書きました。それが以下の6つの要素になります（詳しくは前述のリンクから記事をお読みください）。<br /><br />1. 単純か？<br />2. 意外性があるか？<br />3. 具体的か？<br />4. 信頼性があるか？<br />5. 感情に訴えかけているか？<br />6. 物語性があるか？<br /><br />特にこのうち「物語性」ということに着目してみます。<br /><br />つまり、私は今まで「ボードゲームはどういうものか」を定義的に説明しようとして失敗していました。しかし、この手のアプローチでは心に響きにくい。「ああ、そういうのもあるのね」で終わってしまう可能性が高いのです。<br />なぜなら、そこには物語性がなく、イメージしにくいからです。<br /><br />そして、私は考えました。<br />要は<strong>「ストーリー」</strong>を伝えればいいのではないかと。<br /><br />多くの人はボードゲームをやってみると「面白い！」と思ってくれます。<br />でもボードゲームと聞いただけでは、ピンと来ないし、その定義を聞いてもいまいち面白さが伝わらない。<br />ならば、ボードゲームの面白い部分を<strong>、「話を通して体験してもらえばいい」</strong>ということです。<br />つまり聞き手を没入させるストーリーテリングでボードゲームについて語るのです。<br /><br />そこで、ボードゲームらしいジレンマで、なおかつワクワクして、分かりやすいものは何かを考えてみました。<br /><br />そうして出来上がったのが、下記のお話です。<br /><br /><strong>【「ボードゲームって何？」に対するベストアンサー】</strong><br /><br />「ボードゲームって何？」<br />居酒屋で程よく出来上がった友人が、あなたに尋ねます。<br /><br />「そうやね、例えば○○君が探検家やとする。仲間5人を連れて、危険いっぱいの洞窟にダイヤモンドを求めて潜っとるわけよ、インディージョーンズみたいに」<br /><br />ボードゲームが何かを聞いているのに、いきなり探検家の話をされて面食らいつつも、友人はそのシーンを想像して、ふんふんと頷きます。<br /><br />「幸運なことに、○○君たちは探検の途中でダイヤを10個見つけることができた。その時、5人の仲間と○○君はそれぞれがまだ先に進むか、それとも帰るかを選ぶことになった。つまり、いっせーのでで、帰るか、進むかを宣言することにしたわけよ。今帰ればとりあえずダイヤを持て帰れる。でも、この先進めばもっとダイヤが出てくるかもしれへんで。それこそ20個とか。でも洞窟には危険が多いから、これ以上行けば死んでしまうかもしれへん」<br /><br />友人は「ほほう」と頷きつつ、「俺なら帰るかな」と何となく考えているようだ。<br /><br />「ただし！ 帰るって決めた人が複数いた場合、今あるダイヤはその帰る人たち全員で山分けや。例えば6人中5人が帰るなら１人2個ずつしかダイヤを持って帰られへん。しかも、一回帰ったらもう洞窟には入られへんねん。でも、先に進むと決めた１人の探検家は、そこから先で出たダイヤは独り占めできるわけよ。さぁ、○○君ならどうする？」<br /><br />「ええー……悩ましいなぁ。でも、もし１人で帰れたらダイヤ10個を全部一人占めできるわけやろ。うーん……どのくらいその先が危険かってことにもよるよなぁ……ぶつぶつ……」<br /><br />友人はその悩ましい状況に首をかしげ、どうしようか真剣に考えている。<br />そこであなたは、友人にドヤ顔でこう言うのです。<br /><br />「これがボードゲームやねん。今回は探検家っていうテーマやったけど、それこそ服の仕立屋とか、カーテン商人とか、色々なテーマに沿ってこういう良いジレンマがあんのよ。ルールもほんまに多彩やから、飽きひんし、違うゲームするたびにワクワクするで」<br /><br />「へぇ～面白そう！今度やろうや！」<br /><br />やった！ 第三部～完～<br /><br /><br /><strong>【ポイント】</strong><br /><br />今回はお気づきの通り「インカの黄金」（ダイヤモンド）をベースにしています。<br />このゲームのジレンマは個人的に非常に分かりやすく、また想像しやすかったためです。もしかするとより紹介に適したゲームがあるのかもしれません。自分がインストの得意なゲームでも良いかもしれませんね。<br />ポイントは4つです。<br /><br />●定義ではなく、ストーリーによる体験でボドゲの魅力を語る<br /><br />●細かいルールはカット。重要なジレンマパートだけを理解してもらう<br /><br />●カードを使うなどの表現を使わず、あくまでストーリーとして伝える<br /><br />●最後の〆で様々なテーマのボードゲームがあり、色々なジレンマがあるため遊ぶたびにワクワクすることを伝える<br /><br />みなさんも「ボードゲームって何？」に対する鉄板のジレンマ体験ストーリーを考えてみてはいかがでしょうか。案外、何もない状況でそれを体験してもらうのは難しいかもしれません。<br /><br />この問いが来た時に、必ずボードゲーマーが１人増えるようになれば、遊べる相手がもっともっと広がってハッピーですね。<br /><br /><strong>【ボードゲーム制作サークルPR】</strong><br /><br />こたつパーティー（こたパ）<br />「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」<br /><br />ゲームマーケット2015春<br />「猛牛が倒せない」取扱店：すごろくや様、イエローサブマリン様<br />「CITRUS×CITRUS」取扱店：イエローサブマリン様<br /><br />WEB：<a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a>　<br />ブログ：<a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/</a>　<br />Twitter: @kotatsu_pa<br /><br />Podcast「こたトーク！」<br />「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」<br /><a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html</a><a name="more"></a>

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            <category>アイデア</category>
      <author>らりお</author>
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      <title>ゼロからボドゲを作って販売して分かった、3つのこと</title>
      <pubDate>Fri, 08 May 2015 18:47:21 +0900</pubDate>
            <description>2か月ぶりの更新…毎月更新目指すとか言ってたのにすいません、げふんげふん。さて、5月5日のゲームマーケット東京春2015に出展してまいりました！長かったようで短かった。すべてはこのブログで、昨年8月8日にボードゲーム制作プロジェクトとして発足したことから始まりました。「ボードゲーム制作プロジェクトメンバー募集」http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403411740.html結果はどうだったかというと……。初出展ながら、「猛牛が..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
2か月ぶりの更新…毎月更新目指すとか言ってたのにすいません、げふんげふん。

さて、5月5日のゲームマーケット東京春2015に出展してまいりました！
長かったようで短かった。すべてはこのブログで、昨年8月8日にボードゲーム制作プロジェクトとして発足したことから始まりました。

「ボードゲーム制作プロジェクトメンバー募集」
http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403411740.html

結果はどうだったかというと……。

初出展ながら、「猛牛が倒せない」は200個超、コラボ作品である
「CITRUS×CITRUS」は50個超と非常に大きな反響をいただきました。
今回のゲームマーケット参加者数が8,500人とのことなので、200個ということは42.5人に1人、クラスに1人が買ってくれた計算！また、時間という切り口から見ると、2分に1個買ってくれた計算になります。
試遊してくれた方も含めればそれ以上の人に来ていただいて、本当にありがたい限りです。

また、買った後に、実際やってみて「面白かった」という声もそれなりに届いていて、そこが一番報われるポイントでした。やはり「これ面白そう」と思って買っていただいたのに、想像と違ってNot for meなのが一番ダメだと思っていますので……。

さて、そのあたりも含めて、約1年を通してやってきた「こたパ」プロジェクトですが、総括として、自分なりに感じたことを無理やり3つにまとめたいと思います。

【ボードゲーム作りは簡単で、とてつもなく難しい】

ボードゲームを作りたい！
その思いはどこから来たんだろうと振り返ってみると……。
そもそもは、ボードゲームとの出会いが衝撃的で、こんな世界がもっと広がれば、日本はもっとハッピーになると信じたことでした。
あとはもちろん、自分が作ったものを誰かに遊んでもらって、喜んでもらいたいということも大きな原動力だったなぁ。

さて、そんなモチベーションがありつつ始めたボードゲーム作りですが、とにかく簡単で、そしてとてつもなく難しいという二律背反を感じました。

簡単なのは、知識や技術がなくても作ろうと思えば作れるということ。デジタルゲームを作ろうとすればプログラミングから習得しなければならないでしょうけど、ボードゲーム制作におけるそのハードルはとても低いです。

だからこそ、難しかった。
「誰でもできること」を「誰でもできないことにする」ために、どうすればいいか。
既にある大小様々なサークル（巷では多すぎると言われてるほど）と、どう差別化して、手にとって、遊んでもらって、更に面白いと感じてもらうのか。

アイディアは日常に転がっているからいくらでも思いつくし（言いすぎ？）、ちょっとゲームにしてみようと思えば確かにできる（面白いかは別）。でも、思い付きをゲームにすることが、そもそも自分たちがやりたいことなのかどうか、ここをプロジェクトではよくよく考えました。

そこで、「こたつパーティー」らしさって何だろうとか。「こたつパーティー」はどう思われたいかとか。そういうことをリーダーとして色々考えました。
で、結果的には「捨てること」から始めました。つまり、「やらないことを決めた」わけです。
何をやらないのか。ずっと昔からボードゲームが好きな人で、たぶんこの業界で影響力がありそうな人、そんな人たちに認められようとするのはやめる！という選択です（何度でも書きますが、認められる力があるかどうかは別の話ですし、たぶんこの方向性だと色々な面で無理が出たはずです）。

代わりに、ここ1～2年でボードゲームに出会って、ちょっとハマって、周囲に全くボードゲームを知らない人たちがたくさんいる。そんな自分やメンバー自身の分身的な人を具体的なターゲットに沿えて、徹底的に彼らに楽しんでもらうためのゲームにしよう！と軸を決めました。

なぜなら、「こたつパーティー」のミッションは日本のボードゲーム市場をより盛り上げるために、ボードゲーム熱を伝搬させていくことですから。

そんなわけで的を絞って、プレイシーンなどを思い描きながらゲーム作りを始め、ゲーム内容、ルールで揉めたときはそこに立ち返って何がベストかを考え、決断してきました。
私たちはとにかくシンプルであることを今回重視していたため、思い切って捨てるシーンは多くありました。
その結果完成した「猛牛が倒せない」は、私たちが遊んでもらいたい人たちにとって、今の私たちなりのベストアンサーにできたと思っています。

冒頭にも書きましたが、「これは面白そう」と思った人が「確かに面白かった！自分に合ってた！」と思う。これがベスト。ワーストは買ってもらえないことではなくて、面白そうと思ったのに、面白くなかったことだと私は考えます。
その齟齬をなくすために、ゲームタイトルの付け方、ルール、作品の雰囲気など、細部に気を配ることが重要であると感じています。このあたりも、ボードゲーム作りの大きな難しさの一つかもしれません。

※全然別の話かもしれませんが、以前仕事で「美味しい」の定義は何か、について調査したことがありました。その一つの重要な要素は、「頭でイメージしていた味」と「実際の味」にギャップがないことでした。期待を良い意味で大きく裏切るのは良いことでしょうけど、ベクトルが違う方向にあると「美味しさ」にハマらないというのは面白い結果だったのを覚えています。

【前のめりにやることの大切さ】

私は以前、頭の中で色々考えて「あ、このアイデアは俺も考えたことある！」とか、よく思っていました。元々考えるのは好きな方なので、考えすぎるきらいがそもそもありました。
でも、考えていることは人から見えない。人はその人が何をしたのか、どんな行動をしたのか、それしか見ていないということ。この一年で自分が意識してきたポイントはここだと思います。これはボドゲ制作プロジェクトを発起したこと以外にも、他の色々な経験に影響を与えました。

「何に対しても前のめりであること」は自分のルールになりつつあります。
一方で、考えたことをすぐやると危険であることも経験から分かってるので、2日考えて、それでもやりたければやる！ 今はこんな感じです。

さて、ボードゲーム制作に話を戻すと、前のめりにやったことは大きくは二つ。

１つは初出展にもかかわらず歴戦のサークルさんとコラボして作品を作ったこと。
これはとても良い経験になりました。他のサークルさんがどう効率的に作り、どうアイデアを出し、どう形にしていくのか。それを一緒に体験することで、「こたつパーティー」そのもののレベル感が上がりました。
Twitterで全体に呼びかけていたものに飛びついて、前のめりで提案してコラボできた良い経験でした。

そうしてできたのが「CITRUS×CITRUS」ですね。
http://citrus-citrus.tumblr.com/

もう1つは、とにかく実際の販売にあたって、前のめりな接客を心掛けたこと。
私たちの作品はターゲットの性質上、予約を多数とる、というよりも現場でいくつ買ってもらうかということが重要でした。
ゆっくり歩く人に対して積極的な声掛けをして、その人に刺さりそうな言葉でうまく興味を引けたことが、当日販売で多く買っていただけた要因であると思います。
また5分で回せるゲームであったため、高い回転率で、継続的に買っていただけたのも大きな点でした。

一方で反省点もあって。
例えば、自分たち主催のゲーム会を開けばよかったとか、ボードゲームを制作されているより多くの人たちの関われれば良かったとか……。優先度が低くなってしまったことが、スケジュール的に後手になり、実行できなかったことも数多くありました。
この辺りは今後の課題です。

【チームで作るメリット&gt;&gt;&gt;デメリット】

私が今回もっとも思ったのは、やはりチームとしてボードゲームを作って本当に良い点が多かったということです。おそらく一人で制作を始めていれば、飽き性の私は出展どころか、まともなゲーム一つ作ることすらできずに挫折していたでしょう。

以下、簡単にチームで作ることのメリットとデメリットをまとめました。

「メリット」
●チームメンバーそれぞれに得意な分野を振り、効率的に作業を分担できる
●選択肢が増え、より良いものを作れる可能性が高まる
●在庫リスクなど金銭的なリスクが軽減される
●大変な経験を一緒に乗り越えた仲間ができる
●チームとして動くことで自分自身に責任感が芽生える
●自分自身が大きく成長できる

「デメリット」
●ゲームの整合性が取りづらくなる（良いアイデアをつぎはぎした感じになりやすい）
●利益が分散される
●人間関係のめんどくささがある

重要なのは、これらのデメリットはリーダーとしての覚悟ややる気があれば、結構簡単に解消することができるということです。

これからもしボードゲーム制作をチームでしてみようと、行動を起こされる方は以下の点を意識し、表明した上でチームビルディングをするとよいと思います。

●そもそも何を目指すチームなのか。ゲーム制作を通して何をしたいのか。
●そのためにどんなチームでありたいのか。どういう価値観なのか。
●そのためにはどんなスキル、知識、経験が必要なのか。
●お金に関わる問題について、どのような方針なのか。

こたつパーティーの場合、このブログを通して募集し、2人が参加し、途中で1人が去り、1人が加わりました。紆余曲折はありましたが、今はとても満足していますし、このブログを書きはじめ、そしてプロジェクトを発起し、一定の成果を残せたことをとてもうれしく思います。

今後も同様に様々なボドゲ制作者が増えることを願っています！

そして、「こたつパーティー」は2期に突入し、これからもボードゲーム制作に取り組んでいきます。今後とも応援よろしくお願いいたします！

【まとめ】

●ボードゲームを作る時は、思い切って何かを捨ててみる。絞ってみる。

●全ては行動。2日考えたら、とりあえずやってみる。

●やるならチームがオススメ。自分の成長にも大きくつながる。

●こたパはこれからもボドゲ作りを続けるよ！

【ボードゲーム制作サークルPR】
こたつパーティー（こたパ）
「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」

New ゲームマーケット2015春 新作
「猛牛が倒せない」
「CITRUS×CITRUS」

WEB：http://www.kotatsu-party.com/　
ブログ：http://kotatsu-party.sblo.jp/　
Twitter: @kotatsu_pa

Podcast「こたトーク！」
「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」
http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
2か月ぶりの更新…毎月更新目指すとか言ってたのにすいません、げふんげふん。<br /><br />さて、5月5日のゲームマーケット東京春2015に出展してまいりました！<br />長かったようで短かった。すべてはこのブログで、昨年8月8日にボードゲーム制作プロジェクトとして発足したことから始まりました。<br /><br />「ボードゲーム制作プロジェクトメンバー募集」<br /><a href="http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403411740.html" target="_blank">http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403411740.html</a><br /><br />結果はどうだったかというと……。<br /><br />初出展ながら、「猛牛が倒せない」は200個超、コラボ作品である<br />「CITRUS×CITRUS」は50個超と非常に大きな反響をいただきました。<br />今回のゲームマーケット参加者数が8,500人とのことなので、200個ということは42.5人に1人、クラスに1人が買ってくれた計算！また、時間という切り口から見ると、2分に1個買ってくれた計算になります。<br />試遊してくれた方も含めればそれ以上の人に来ていただいて、本当にありがたい限りです。<br /><br />また、買った後に、実際やってみて「面白かった」という声もそれなりに届いていて、そこが一番報われるポイントでした。やはり「これ面白そう」と思って買っていただいたのに、想像と違ってNot for meなのが一番ダメだと思っていますので……。<br /><br />さて、そのあたりも含めて、約1年を通してやってきた「こたパ」プロジェクトですが、総括として、自分なりに感じたことを無理やり3つにまとめたいと思います。<br /><br /><strong>【ボードゲーム作りは簡単で、とてつもなく難しい】</strong><br /><br />ボードゲームを作りたい！<br />その思いはどこから来たんだろうと振り返ってみると……。<br />そもそもは、ボードゲームとの出会いが衝撃的で、こんな世界がもっと広がれば、日本はもっとハッピーになると信じたことでした。<br />あとはもちろん、自分が作ったものを誰かに遊んでもらって、喜んでもらいたいということも大きな原動力だったなぁ。<br /><br />さて、そんなモチベーションがありつつ始めたボードゲーム作りですが、とにかく簡単で、そしてとてつもなく難しいという二律背反を感じました。<br /><br />簡単なのは、知識や技術がなくても作ろうと思えば作れるということ。デジタルゲームを作ろうとすればプログラミングから習得しなければならないでしょうけど、ボードゲーム制作におけるそのハードルはとても低いです。<br /><br />だからこそ、難しかった。<br /><strong>「誰でもできること」を「誰でもできないことにする」ために、どうすればいいか。</strong><br />既にある大小様々なサークル（巷では多すぎると言われてるほど）と、どう差別化して、手にとって、遊んでもらって、更に面白いと感じてもらうのか。<br /><br />アイディアは日常に転がっているからいくらでも思いつくし（言いすぎ？）、ちょっとゲームにしてみようと思えば確かにできる（面白いかは別）。でも、思い付きをゲームにすることが、そもそも自分たちがやりたいことなのかどうか、ここをプロジェクトではよくよく考えました。<br /><br />そこで、「こたつパーティー」らしさって何だろうとか。「こたつパーティー」はどう思われたいかとか。そういうことをリーダーとして色々考えました。<br />で、結果的には「捨てること」から始めました。つまり、<strong>「やらないことを決めた」</strong>わけです。<br />何をやらないのか。ずっと昔からボードゲームが好きな人で、たぶんこの業界で影響力がありそうな人、そんな人たちに認められようとするのはやめる！という選択です（何度でも書きますが、認められる力があるかどうかは別の話ですし、たぶんこの方向性だと色々な面で無理が出たはずです）。<br /><br />代わりに、ここ1～2年でボードゲームに出会って、ちょっとハマって、周囲に全くボードゲームを知らない人たちがたくさんいる。そんな自分やメンバー自身の分身的な人を具体的なターゲットに沿えて、徹底的に彼らに楽しんでもらうためのゲームにしよう！と軸を決めました。<br /><br />なぜなら、「こたつパーティー」のミッションは日本のボードゲーム市場をより盛り上げるために、ボードゲーム熱を伝搬させていくことですから。<br /><br />そんなわけで的を絞って、プレイシーンなどを思い描きながらゲーム作りを始め、ゲーム内容、ルールで揉めたときはそこに立ち返って何がベストかを考え、決断してきました。<br />私たちはとにかくシンプルであることを今回重視していたため、思い切って捨てるシーンは多くありました。<br />その結果完成した「猛牛が倒せない」は、私たちが遊んでもらいたい人たちにとって、今の私たちなりのベストアンサーにできたと思っています。<br /><br />冒頭にも書きましたが、「これは面白そう」と思った人が「確かに面白かった！自分に合ってた！」と思う。これがベスト。ワーストは買ってもらえないことではなくて、面白そうと思ったのに、面白くなかったことだと私は考えます。<br />その齟齬をなくすために、ゲームタイトルの付け方、ルール、作品の雰囲気など、細部に気を配ることが重要であると感じています。このあたりも、ボードゲーム作りの大きな難しさの一つかもしれません。<br /><br />※全然別の話かもしれませんが、以前仕事で「美味しい」の定義は何か、について調査したことがありました。その一つの重要な要素は、「頭でイメージしていた味」と「実際の味」にギャップがないことでした。期待を良い意味で大きく裏切るのは良いことでしょうけど、ベクトルが違う方向にあると「美味しさ」にハマらないというのは面白い結果だったのを覚えています。<br /><br /><strong>【前のめりにやることの大切さ】</strong><br /><br />私は以前、頭の中で色々考えて「あ、このアイデアは俺も考えたことある！」とか、よく思っていました。元々考えるのは好きな方なので、考えすぎるきらいがそもそもありました。<br />でも、考えていることは人から見えない。人はその人が何をしたのか、どんな行動をしたのか、それしか見ていないということ。この一年で自分が意識してきたポイントはここだと思います。これはボドゲ制作プロジェクトを発起したこと以外にも、他の色々な経験に影響を与えました。<br /><br /><strong>「何に対しても前のめりであること」</strong>は自分のルールになりつつあります。<br />一方で、考えたことをすぐやると危険であることも経験から分かってるので、2日考えて、それでもやりたければやる！ 今はこんな感じです。<br /><br />さて、ボードゲーム制作に話を戻すと、前のめりにやったことは大きくは二つ。<br /><br />１つは初出展にもかかわらず歴戦のサークルさんとコラボして作品を作ったこと。<br />これはとても良い経験になりました。他のサークルさんがどう効率的に作り、どうアイデアを出し、どう形にしていくのか。それを一緒に体験することで、「こたつパーティー」そのもののレベル感が上がりました。<br />Twitterで全体に呼びかけていたものに飛びついて、前のめりで提案してコラボできた良い経験でした。<br /><br />そうしてできたのが「CITRUS×CITRUS」ですね。<br /><a href="http://citrus-citrus.tumblr.com/" target="_blank">http://citrus-citrus.tumblr.com/</a><br /><br />もう1つは、とにかく実際の販売にあたって、前のめりな接客を心掛けたこと。<br />私たちの作品はターゲットの性質上、予約を多数とる、というよりも現場でいくつ買ってもらうかということが重要でした。<br />ゆっくり歩く人に対して積極的な声掛けをして、その人に刺さりそうな言葉でうまく興味を引けたことが、当日販売で多く買っていただけた要因であると思います。<br />また5分で回せるゲームであったため、高い回転率で、継続的に買っていただけたのも大きな点でした。<br /><br />一方で反省点もあって。<br />例えば、自分たち主催のゲーム会を開けばよかったとか、ボードゲームを制作されているより多くの人たちの関われれば良かったとか……。優先度が低くなってしまったことが、スケジュール的に後手になり、実行できなかったことも数多くありました。<br />この辺りは今後の課題です。<br /><br /><strong>【チームで作るメリット>>>デメリット】</strong><br /><br />私が今回もっとも思ったのは、やはりチームとしてボードゲームを作って本当に良い点が多かったということです。おそらく一人で制作を始めていれば、飽き性の私は出展どころか、まともなゲーム一つ作ることすらできずに挫折していたでしょう。<br /><br />以下、簡単にチームで作ることのメリットとデメリットをまとめました。<br /><br /><strong>「メリット」</strong><br />●チームメンバーそれぞれに得意な分野を振り、効率的に作業を分担できる<br />●選択肢が増え、より良いものを作れる可能性が高まる<br />●在庫リスクなど金銭的なリスクが軽減される<br />●大変な経験を一緒に乗り越えた仲間ができる<br />●チームとして動くことで自分自身に責任感が芽生える<br />●自分自身が大きく成長できる<br /><br /><strong>「デメリット」</strong><br />●ゲームの整合性が取りづらくなる（良いアイデアをつぎはぎした感じになりやすい）<br />●利益が分散される<br />●人間関係のめんどくささがある<br /><br />重要なのは、これらのデメリットはリーダーとしての覚悟ややる気があれば、結構簡単に解消することができるということです。<br /><br />これからもしボードゲーム制作をチームでしてみようと、行動を起こされる方は以下の点を意識し、表明した上でチームビルディングをするとよいと思います。<br /><br />●そもそも何を目指すチームなのか。ゲーム制作を通して何をしたいのか。<br />●そのためにどんなチームでありたいのか。どういう価値観なのか。<br />●そのためにはどんなスキル、知識、経験が必要なのか。<br />●お金に関わる問題について、どのような方針なのか。<br /><br />こたつパーティーの場合、このブログを通して募集し、2人が参加し、途中で1人が去り、1人が加わりました。紆余曲折はありましたが、今はとても満足していますし、このブログを書きはじめ、そしてプロジェクトを発起し、一定の成果を残せたことをとてもうれしく思います。<br /><br />今後も同様に様々なボドゲ制作者が増えることを願っています！<br /><br />そして、「こたつパーティー」は2期に突入し、これからもボードゲーム制作に取り組んでいきます。今後とも応援よろしくお願いいたします！<br /><br /><strong>【まとめ】</strong><br /><br />●ボードゲームを作る時は、思い切って何かを捨ててみる。絞ってみる。<br /><br />●全ては行動。2日考えたら、とりあえずやってみる。<br /><br />●やるならチームがオススメ。自分の成長にも大きくつながる。<br /><br />●こたパはこれからもボドゲ作りを続けるよ！<br /><br />【ボードゲーム制作サークルPR】<br />こたつパーティー（こたパ）<br />「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」<br /><br />New ゲームマーケット2015春 新作<br />「猛牛が倒せない」<br />「CITRUS×CITRUS」<br /><br />WEB：<a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a>　<br />ブログ：<a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/</a>　<br />Twitter: @kotatsu_pa<br /><br />Podcast「こたトーク！」<br />「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」<br /><a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html</a><a name="more"></a>

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            <category>ボードゲーム制作</category>
      <author>らりお</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,begin-boardgames/418628238</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/415422427.html</link>
      <title>「枯山水」の成功をマーケティング的に分析してみる</title>
      <pubDate>Wed, 11 Mar 2015 12:03:46 +0900</pubDate>
            <description>久々の更新になります。色々多忙な時期で月1更新が限界ですが、細々とやっていこうかと思います！さて、最近ボドゲに全く興味のなかった会社の先輩などから、「枯山水は当然やったの？」と聞かれて驚愕しています。ま、まさかこの人の口から「枯山水」という言葉が聞けると日がくるとは……！？ いやはや、ヤフーニュースのトップに載るというのは、すごい認知効果があるのですね。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150304-00000036-asahi-soci..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
久々の更新になります。色々多忙な時期で月1更新が限界ですが、細々とやっていこうかと思います！
さて、最近ボドゲに全く興味のなかった会社の先輩などから、「枯山水は当然やったの？」と聞かれて驚愕しています。ま、まさかこの人の口から「枯山水」という言葉が聞けると日がくるとは……！？ いやはや、ヤフーニュースのトップに載るというのは、すごい認知効果があるのですね。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150304-00000036-asahi-soci

さて、非常にネットで話題になっている「枯山水」ですが、今更ながら、その理由について個人的な分析をしてみようかと思います。何かモデルをつくることができれば、第二、第三と矢を打ち、「ボードゲーム」というジャンルの普及につながるかもしれませんし！

順を追ってみていきましょう。

【そもそも、なぜこれだけメディアでとりあげられたのか？】

多少推測もありますが、大まかには以下の流れが考えられます

1. ボードゲーマー達が自身の枯山水プレイ画像をtwitterに多数アップ
2. 普段RTしない人も、見た目に反応してRTで情報拡散
3. Naverまとめなど他のキュレーションサイトに波及
4. 結果、メディア関係者など情報拡散のキーインフルエンサーの琴線に触れる
5. Yahooニュースのトップに取り上げられ、他メディア（TV、平面etc）も追随

キーポイントは大きく分けて3つあるでしょう。

① プレイヤーが思わず写真に撮って共有したくなる仕組みがあるか

② 普段読み飛ばす人の目を止め、アクションを起こさせる面白さや意外性があるか

③ キーインフルエンサーにメディア露出してもらうための要素を備えているか

この③の要素については、もちろん①と同様に「面白さ」「意外性」は必要なのですが、視点が若干、「利益」に寄ってくると思います。つまり、「記事製作者がPVを稼げそうと思えるか」、「そもそもテーマが分かりやすいか」、「自分のメディアの方向性と合うか」、「単純に儲かりそうか」、「コネクションがあるか」などでしょうか。

「枯山水」をこれにあてはめてみると…

① 今回のゲームによる自分の成果が見えやすく、石のリアル感により本物の枯山水を作ったという満足感を醸成。記念に1枚撮っておこうという流れになりやすい。

② ソーシャルゲームの多くがファンタジー寄りの世界観が多い中、「枯山水を作るゲーム」という意外性がある。しかも、石が異常にリアル、良い意味で「バカっぽい」。だからこそ他の人に「これ見て（笑）」となりやすい。

③ ヘッドラインが付けやすい。これまであまり注目されなかった分野であり、記者側から見ても意外性によるPVが稼ぎやすそう。見た目のインパクトで、誰が見てもとにかく分かりやすい。


【マーケティング的に見てみると】

TVCMなど、従来のメディアによる企業による商品紹介は過去に比べてパワーが弱くなっています（それでも高齢者と子供には威力絶大ですが……）。
そのような状況の中で、広告をする際に重要なポイントは4つあると思います。

1. ターゲットを明確にして、彼ら彼女らの琴線が何かを調べて、提供する

いわゆる顧客インサイトを調べて、かなり焦点を絞った表現をしたり、まさに「あなたに向けてメッセージを届けています」という感じを出します。自分ごと化を進めるみたいな話ですね。


2. 突っ込み所を用意し、気になるやつになってしまう

普通のことを言っても既読スルーされるため、あえて変なことを言ったり、見せたりするわけです。ニコニコ動画などにアップされ、「公式が病気」タグがつきMADなどが作られ始めたりすれば、大成功ですね。最近だとキリンメッツのドラゴンボールコラボはかなりうまくいってそうです（飲みたいけど売ってない……）。


3. 見ざるを得ない場所で待ち構える

コンタクトポイントを考えるという話。アメリカの有名な例でいうと、ナイキの公園での広告。公園のごみ箱の後ろにバスケットゴールの四角い板を設置し、中央にナイキロゴを置いたところ、多くの公園で遊んでいる人が、ペットボトルなどをバスケットシュートし始める。ナイキはこの広告で売上を大きく上げたそうです。待ち伏せ作戦は結構有効ですね。


4. 第三者に勧めてもらう

口コミですね。家族、友人、メディア、権威のある人などから勧められると、企業から説明されるよりも納得感を醸成させます。


今回のケースでは、まさに2と4をうまく使えている点が成功要因といえそうですね。
私自身は1の方法で何かできるんじゃないかと思っていますし、3の待ち伏せ作戦もボドゲと親和性の高いジャンルに興味がある人を観察し、待ち伏せて情報を見せるのは有効だと思います。

【もう少しだけ要素を具体化してみると】

結局、どんなボードゲーム作れば「枯山水」みたいに成功できるの？
同じような方法をたどりたいなら、多分こういうことです。

●プレイ中の画が「華やか」、「楽しそう」、「面白そう」の少なくとも何れか一つを満たし、誰にでもそれが伝わる分かりやすさ（インパクト）がある。ただし、顔出しの人そのものは写真に撮らなくてもいい（人を撮るとtwitterでは拡散しにくい。処理が面倒）

●突っ込みどころのあるテーマにする。ボードゲーマー目線の突っ込み所ではなく、ボードゲームを全く知らない人たちにとっての突っ込みどころは何かを考える（枯山水は「渋すぎるボードゲーム」だったので、例えば「かっこよすぎる」「美しすぎる」などの形容詞＋too muchなテーマが良いかも）。

●制作者が本気になる（リスクをとる）。作品にとっての核となる要素については投資を厭わない（枯山水で、石がリアルでなければここまで話題にならなかっただろう）。

個人的には、この最後のエッセンスが非常に重要だと、改めて思いました。

制作会社であるNewGamesOrderさんは、枯山水の制作にかなりの投資をされたと聞いています。文字通り社運をかけた一大プロジェクトだったわけです。その結果、あの石ができ、枯山水の話題作りに大きく貢献しました。また、これだけ投資をされていて、回収のためにはかなりご自身の周囲などできる範囲の中で最大限の宣伝はされたはずで、そういった熱意も手伝い、メディアの方にもどこかでつながったんじゃないかなと推測しています。

やはり、「やると決める」「リスクをとったからには、意地でも回収する」という姿勢は、なかなか同人では難しいと思いました。

まだまだ課題は山積ですが、一歩一歩、やっていきましょう！

【ボードゲーム制作サークルPR】
こたつパーティー（こたパ）
「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」

New ゲームマーケット2015春 新作
「猛牛が倒せない」
「CITRUS×CITRUS」

WEB：http://www.kotatsu-party.com/　
ブログ：http://kotatsu-party.sblo.jp/　
Twitter: @kotatsu_pa

Podcast「こたトーク！」
「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」
http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
久々の更新になります。色々多忙な時期で月1更新が限界ですが、細々とやっていこうかと思います！<br />さて、最近ボドゲに全く興味のなかった会社の先輩などから、「枯山水は当然やったの？」と聞かれて驚愕しています。ま、まさかこの人の口から「枯山水」という言葉が聞けると日がくるとは……！？ いやはや、ヤフーニュースのトップに載るというのは、すごい認知効果があるのですね。<br /><br /><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150304-00000036-asahi-soci" target="_blank">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150304-00000036-asahi-soci</a><br /><br />さて、非常にネットで話題になっている「枯山水」ですが、今更ながら、その理由について個人的な分析をしてみようかと思います。何かモデルをつくることができれば、第二、第三と矢を打ち、「ボードゲーム」というジャンルの普及につながるかもしれませんし！<br /><br />順を追ってみていきましょう。<br /><br /><strong>【そもそも、なぜこれだけメディアでとりあげられたのか？】</strong><br /><br />多少推測もありますが、大まかには以下の流れが考えられます<br /><br />1. ボードゲーマー達が自身の枯山水プレイ画像をtwitterに多数アップ<br />2. 普段RTしない人も、見た目に反応してRTで情報拡散<br />3. Naverまとめなど他のキュレーションサイトに波及<br />4. 結果、メディア関係者など情報拡散のキーインフルエンサーの琴線に触れる<br />5. Yahooニュースのトップに取り上げられ、他メディア（TV、平面etc）も追随<br /><br />キーポイントは大きく分けて3つあるでしょう。<br /><br /><strong>① プレイヤーが思わず写真に撮って共有したくなる仕組みがあるか<br /><br />② 普段読み飛ばす人の目を止め、アクションを起こさせる面白さや意外性があるか<br /><br />③ キーインフルエンサーにメディア露出してもらうための要素を備えているか</strong><br /><br />この③の要素については、もちろん①と同様に「面白さ」「意外性」は必要なのですが、視点が若干、「利益」に寄ってくると思います。つまり、「記事製作者がPVを稼げそうと思えるか」、「そもそもテーマが分かりやすいか」、「自分のメディアの方向性と合うか」、「単純に儲かりそうか」、「コネクションがあるか」などでしょうか。<br /><br />「枯山水」をこれにあてはめてみると…<br /><br />① 今回のゲームによる自分の成果が見えやすく、石のリアル感により<strong>本物の枯山水を作ったという満足感</strong>を醸成。記念に1枚撮っておこうという流れになりやすい。<br /><br />② ソーシャルゲームの多くがファンタジー寄りの世界観が多い中、「枯山水を作るゲーム」という<strong>意外性がある</strong>。しかも、石が異常にリアル、良い意味で「バカっぽい」。だからこそ他の人に「これ見て（笑）」となりやすい。<br /><br />③ ヘッドラインが付けやすい。これまであまり注目されなかった分野であり、記者側から見ても意外性によるPVが稼ぎやすそう。見た目のインパクトで、<strong>誰が見てもとにかく分かりやすい</strong>。<br /><br /><br /><strong>【マーケティング的に見てみると】</strong><br /><br />TVCMなど、従来のメディアによる企業による商品紹介は過去に比べてパワーが弱くなっています（それでも高齢者と子供には威力絶大ですが……）。<br />そのような状況の中で、広告をする際に重要なポイントは4つあると思います。<br /><br /><strong>1. ターゲットを明確にして、彼ら彼女らの琴線が何かを調べて、提供する</strong><br /><br />いわゆる顧客インサイトを調べて、かなり焦点を絞った表現をしたり、まさに「あなたに向けてメッセージを届けています」という感じを出します。自分ごと化を進めるみたいな話ですね。<br /><br /><br /><strong>2. 突っ込み所を用意し、気になるやつになってしまう</strong><br /><br />普通のことを言っても既読スルーされるため、あえて変なことを言ったり、見せたりするわけです。ニコニコ動画などにアップされ、「公式が病気」タグがつきMADなどが作られ始めたりすれば、大成功ですね。最近だとキリンメッツのドラゴンボールコラボはかなりうまくいってそうです（飲みたいけど売ってない……）。<br /><br /><br /><strong>3. 見ざるを得ない場所で待ち構える</strong><br /><br />コンタクトポイントを考えるという話。アメリカの有名な例でいうと、ナイキの公園での広告。公園のごみ箱の後ろにバスケットゴールの四角い板を設置し、中央にナイキロゴを置いたところ、多くの公園で遊んでいる人が、ペットボトルなどをバスケットシュートし始める。ナイキはこの広告で売上を大きく上げたそうです。待ち伏せ作戦は結構有効ですね。<br /><br /><br /><strong>4. 第三者に勧めてもらう</strong><br /><br />口コミですね。家族、友人、メディア、権威のある人などから勧められると、企業から説明されるよりも納得感を醸成させます。<br /><br /><br />今回のケースでは、まさに2と4をうまく使えている点が成功要因といえそうですね。<br />私自身は1の方法で何かできるんじゃないかと思っていますし、3の待ち伏せ作戦もボドゲと親和性の高いジャンルに興味がある人を観察し、待ち伏せて情報を見せるのは有効だと思います。<br /><br /><strong>【もう少しだけ要素を具体化してみると】</strong><br /><br />結局、どんなボードゲーム作れば「枯山水」みたいに成功できるの？<br />同じような方法をたどりたいなら、多分こういうことです。<br /><br />●<strong>プレイ中の画が「華やか」、「楽しそう」、「面白そう」</strong>の少なくとも何れか一つを満たし、誰にでもそれが伝わる分かりやすさ（インパクト）がある。ただし、顔出しの人そのものは写真に撮らなくてもいい（人を撮るとtwitterでは拡散しにくい。処理が面倒）<br /><br />●<strong>突っ込みどころのあるテーマ</strong>にする。ボードゲーマー目線の突っ込み所ではなく、ボードゲームを全く知らない人たちにとっての突っ込みどころは何かを考える（枯山水は「渋すぎるボードゲーム」だったので、例えば「かっこよすぎる」「美しすぎる」などの形容詞＋too muchなテーマが良いかも）。<br /><br />●<strong>制作者が本気になる</strong>（リスクをとる）。作品にとっての核となる要素については投資を厭わない（枯山水で、石がリアルでなければここまで話題にならなかっただろう）。<br /><br />個人的には、この最後のエッセンスが非常に重要だと、改めて思いました。<br /><br />制作会社であるNewGamesOrderさんは、枯山水の制作にかなりの投資をされたと聞いています。文字通り社運をかけた一大プロジェクトだったわけです。その結果、あの石ができ、枯山水の話題作りに大きく貢献しました。また、これだけ投資をされていて、回収のためにはかなりご自身の周囲などできる範囲の中で最大限の宣伝はされたはずで、そういった熱意も手伝い、メディアの方にもどこかでつながったんじゃないかなと推測しています。<br /><br />やはり<strong>、「やると決める」「リスクをとったからには、意地でも回収する」という姿勢</strong>は、なかなか同人では難しいと思いました。<br /><br />まだまだ課題は山積ですが、一歩一歩、やっていきましょう！<br /><br />【ボードゲーム制作サークルPR】<br />こたつパーティー（こたパ）<br />「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」<br /><br />New ゲームマーケット2015春 新作<br />「猛牛が倒せない」<br />「CITRUS×CITRUS」<br /><br />WEB：<a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a>　<br />ブログ：<a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/</a>　<br />Twitter: @kotatsu_pa<br /><br />Podcast「こたトーク！」<br />「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」<br /><a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html</a><a name="more"></a>

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            <category>市場分析</category>
      <author>らりお</author>
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                </item>
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      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/414213868.html</link>
      <title>どこまでルール化するべきか？</title>
      <pubDate>Tue, 17 Feb 2015 16:38:10 +0900</pubDate>
            <description>出張やら接待やらで、なにやらずいぶんと時間が空いてしまいましたが、私は元気です！お久しぶりでございます。大阪GMもあと2週間を切り、かなり情報も出てきてワクワクしておりますが……残念ながら今回は行けず。東京春でも販売してほしいなぁ、チラッチラッ。さて、そんな東京GM春も、実は入稿が近づいてきておりまして……現在説明書などを詰めたり、調整したりと、やること盛りだくさんな状況が続いております。今回記事にして考えをまとめておきたいと思ったのは、そんな作業中にふと思ったことです。はて..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
出張やら接待やらで、なにやらずいぶんと時間が空いてしまいましたが、私は元気です！お久しぶりでございます。
大阪GMもあと2週間を切り、かなり情報も出てきてワクワクしておりますが……残念ながら今回は行けず。東京春でも販売してほしいなぁ、チラッチラッ。

さて、そんな東京GM春も、実は入稿が近づいてきておりまして……現在説明書などを詰めたり、調整したりと、やること盛りだくさんな状況が続いております。
今回記事にして考えをまとめておきたいと思ったのは、そんな作業中にふと思ったことです。

はてさて、ゲームを作る時、どこまでを「ルール」とすべきなんだろう？
逆に言えば、どこまでプレイヤーに委ねるべきなんだろう……？

そんなお話です。

【ルールと作者の想いは別で考える】

具体的に言いましょう。

例えば、各自の手番があるゲームで、ダウンタイムが長い（他プレイヤーを待っているだけの何もしない時間）という欠点を持っていたゲームがあるとします。これを解決する手法としては、「手番を同時処理にする」「シンプル化して選択肢を減らし、思考時間を減らす」「そもそも一手5秒などの時間的制約を設ける」などがあるでしょう。
最も簡単な解決方法は3つ目の時間的制約ですが、はたしてそれは本当に「ルール」とすべきなのでしょうか。

あるいは、複数回プレイすることでプレイ性が増すようなゲームの場合、3回勝った人が勝ち、という「ルール」を設けるべきでしょうか。

「ボードゲーム＝コンポーネント×ルール」であるとすれば、ルールは単純計算では50%を占めていると言えます。ルールは確かに無形ではありますが、その価値は非常に重いものです。ある意味、ルールはプレイヤーにとっての絶対的指標であるわけですね！

ルールが多ければ多いほど、複雑であればあるほど、プレイヤーの自由度は減少します。逆に言えば、作者が意図していたことをやってもらえます。プレイヤーからすると、完璧にデザインされた空間の中でいかに最適解を見つけるか。なんとなく、ゲームの作者に出されたクイズに挑戦するような感覚かもしれません。

一方で、ルールがシンプルであればあるほど、そのゲームはプレイヤーへの依存度が高くなります。誰とプレイするのかなどの環境も大きく影響を与えるでしょう。作者が予期していない展開（ある意味失敗？）や遊び方が生まれるかもしれません。

そもそもルールの多い、少ないでそのゲームの良し悪しは決して判断できません。
しかし、ゲームを作る側からすれば、ある事象を「ルール」として採用するかどうかは、何かしらの基準が必要だとは思います（人によりそれぞれ基準は違うでしょうけど）。

私自身の一つの答えとしては、ルールはマストなもの。これがないとゲームにならない、システムにおける最低限のことであると考えます。
strong&gt;このゲームをゲームたらしめているものは何か。これを把握しておく必要があります。それをエッセンスにして文章に要約したのがルールであると、私は定義することにしました。

逆に言うと、「こうプレイしてほしいなぁ」というものをルールにしない。
ルールと作者の想いは別で考える必要がある、ということですね！
ここをルールとして設けると、プレイヤーは急に不自由さを感じます。
「なんでそうしないといけないの？」
「俺はこうやりたいんだけど……」
それまではゲームシステムと向き合っていたのに、急にゲームデザイナーにやらされているような感じを受けるのです（少なくとも私は……）。

【作者の想いはどうなる？】

「でも、こうしたほうが絶対に面白いと俺は思うんだよ！」
そんな作者さんもいるはずです。私ですけど。
作者の想いを伝える手段、それはルール化ではなく、「提案すること」ではないでしょうか。
例えば説明書の中に、「○○することもお勧めです」とオプションを示しておく。「これをやって！」と強制されるより、「これもあるけど？」と言われる方が受け入れやすいかも！

また、あまりに縛らず、様々な余地を残しておくことで、思わぬ遊び方がプレイヤーから生まれるかもしれません。そこから、次のゲームアイディアに発展するなんてことも、往々にあると思います。

私は基本的にプレイヤーが好きに遊んでくれて、それぞれの楽しみ方があっていいと思っている人なので、緩くするのかもしれません……。

でも、そういえば、JRPGとかは割と一本道ゲームが多い（ある意味ルールが多い）けど、洋RPGは自由度が高い（ルールが少ない）ですね。実は日本人はルールに沿って進みたいということを強く求めているのでしょうか。
そうすると、日本人のほうが変なルールにはシビアなのかもしれませんね。アメリカ人なら「なんだこのルール、無視しようぜ」っていくところが、日本人は「このルールの意味はなんなんだ……？」とか結構考えているイメージがあったりします。

そんなわけで、ルーリングにはシビアな目が求められている、今日の日本ゲーム市場なのであります（たぶん）。
考えて、でも考えすぎず、あなたのゲームを快適に遊んでもらう最高のルールを目指しましょう。<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
出張やら接待やらで、なにやらずいぶんと時間が空いてしまいましたが、私は元気です！お久しぶりでございます。<br />大阪GMもあと2週間を切り、かなり情報も出てきてワクワクしておりますが……残念ながら今回は行けず。東京春でも販売してほしいなぁ、チラッチラッ。<br /><br />さて、そんな東京GM春も、実は入稿が近づいてきておりまして……現在説明書などを詰めたり、調整したりと、やること盛りだくさんな状況が続いております。<br />今回記事にして考えをまとめておきたいと思ったのは、そんな作業中にふと思ったことです。<br /><br />はてさて、ゲームを作る時、<strong>どこまでを「ルール」とすべきなんだろう</strong>？<br />逆に言えば、どこまでプレイヤーに委ねるべきなんだろう……？<br /><br />そんなお話です。<br /><br /><strong>【ルールと作者の想いは別で考える】</strong><br /><br />具体的に言いましょう。<br /><br />例えば、各自の手番があるゲームで、ダウンタイムが長い（他プレイヤーを待っているだけの何もしない時間）という欠点を持っていたゲームがあるとします。これを解決する手法としては、「手番を同時処理にする」「シンプル化して選択肢を減らし、思考時間を減らす」「そもそも一手5秒などの時間的制約を設ける」などがあるでしょう。<br />最も簡単な解決方法は3つ目の時間的制約ですが、はたしてそれは本当に「ルール」とすべきなのでしょうか。<br /><br />あるいは、複数回プレイすることでプレイ性が増すようなゲームの場合、3回勝った人が勝ち、という「ルール」を設けるべきでしょうか。<br /><br />「ボードゲーム＝コンポーネント×ルール」であるとすれば、ルールは単純計算では50%を占めていると言えます。ルールは確かに無形ではありますが、その価値は非常に重いものです。ある意味、ルールはプレイヤーにとっての絶対的指標であるわけですね！<br /><br />ルールが多ければ多いほど、複雑であればあるほど、プレイヤーの自由度は減少します。逆に言えば、作者が意図していたことをやってもらえます。プレイヤーからすると、完璧にデザインされた空間の中でいかに最適解を見つけるか。なんとなく、ゲームの作者に出されたクイズに挑戦するような感覚かもしれません。<br /><br />一方で、ルールがシンプルであればあるほど、そのゲームはプレイヤーへの依存度が高くなります。誰とプレイするのかなどの環境も大きく影響を与えるでしょう。作者が予期していない展開（ある意味失敗？）や遊び方が生まれるかもしれません。<br /><br />そもそもルールの多い、少ないでそのゲームの良し悪しは決して判断できません。<br />しかし、ゲームを作る側からすれば、ある事象を「ルール」として採用するかどうかは、何かしらの<strong>基準</strong>が必要だとは思います（人によりそれぞれ基準は違うでしょうけど）。<br /><br />私自身の一つの答えとしては、<strong>ルールはマストなもの</strong>。これがないとゲームにならない、システムにおける最低限のことであると考えます。<br />strong>このゲームをゲームたらしめているものは何か</strong>。これを把握しておく必要があります。それをエッセンスにして文章に要約したのがルールであると、私は定義することにしました。<br /><br />逆に言うと、<strong>「こうプレイしてほしいなぁ」というものをルールにしない</strong>。<br />ルールと作者の想いは別で考える必要がある、ということですね！<br />ここをルールとして設けると、プレイヤーは急に不自由さを感じます。<br />「なんでそうしないといけないの？」<br />「俺はこうやりたいんだけど……」<br />それまではゲームシステムと向き合っていたのに、急にゲームデザイナーにやらされているような感じを受けるのです（少なくとも私は……）。<br /><br /><strong>【作者の想いはどうなる？】</strong><br /><br />「でも、こうしたほうが絶対に面白いと俺は思うんだよ！」<br />そんな作者さんもいるはずです。私ですけど。<br />作者の想いを伝える手段、それはルール化ではなく、「提案すること」ではないでしょうか。<br />例えば説明書の中に、「○○することもお勧めです」とオプションを示しておく。「これをやって！」と強制されるより、「これもあるけど？」と言われる方が受け入れやすいかも！<br /><br />また、あまりに縛らず、様々な余地を残しておくことで、思わぬ遊び方がプレイヤーから生まれるかもしれません。そこから、次のゲームアイディアに発展するなんてことも、往々にあると思います。<br /><br />私は基本的にプレイヤーが好きに遊んでくれて、それぞれの楽しみ方があっていいと思っている人なので、緩くするのかもしれません……。<br /><br />でも、そういえば、JRPGとかは割と一本道ゲームが多い（ある意味ルールが多い）けど、洋RPGは自由度が高い（ルールが少ない）ですね。実は日本人はルールに沿って進みたいということを強く求めているのでしょうか。<br />そうすると、日本人のほうが変なルールにはシビアなのかもしれませんね。アメリカ人なら「なんだこのルール、無視しようぜ」っていくところが、日本人は「このルールの意味はなんなんだ……？」とか結構考えているイメージがあったりします。<br /><br />そんなわけで、ルーリングにはシビアな目が求められている、今日の日本ゲーム市場なのであります（たぶん）。<br />考えて、でも考えすぎず、あなたのゲームを快適に遊んでもらう最高のルールを目指しましょう。<a name="more"></a>

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            <category>ボードゲーム制作</category>
      <author>らりお</author>
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                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/412331881.html</link>
      <title>【コラム】長考問題を解決する3つの方法</title>
      <pubDate>Wed, 14 Jan 2015 14:03:56 +0900</pubDate>
            <description>【新年のご挨拶】みなさま、あけましておめでとうございます。2015年も、当ブログ「ボドゲ神拳～おまえはもう考えている～」をよろしくお願いいたします！ さりげなくブログタイトルが変わっておりますが……キャッチーなものにしようとして、アドバイスをいただいた結果、こうなりました。まじめなことを言うときは、バカな感じを出した方がいいという言葉が胸に響いたわけです！では、今年も頑張っていきましょう。【それぞれの長考に関するスタンス】さて、今回はボードゲームにおける永遠のテーマ、「長考」..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
【新年のご挨拶】

みなさま、あけましておめでとうございます。
2015年も、当ブログ「ボドゲ神拳～おまえはもう考えている～」をよろしくお願いいたします！ さりげなくブログタイトルが変わっておりますが……キャッチーなものにしようとして、アドバイスをいただいた結果、こうなりました。まじめなことを言うときは、バカな感じを出した方がいいという言葉が胸に響いたわけです！

では、今年も頑張っていきましょう。

【それぞれの長考に関するスタンス】

さて、今回はボードゲームにおける永遠のテーマ、「長考」について考えてみたいと思います。考えることについて考えるなんて、もはや哲学的な世界に突入している気がしますね。

ボードゲームをしていると、「あいつの手番になると常に待たされて、ゲームテンポが悪くなる」ということが起こり得ます。そうすると、「こいつとはもう同卓したくねぇな」とか、ひいては「このゲーム面白くなかったな」と思ってしまうかもしれません。これはなかなか不幸なことですよね。なぜこう思ってしまうのでしょうか。

それは、「待つ」という行為は、待つことが自分の利益になる場合を除き、非常にストレスを受けやすいためです。また、待つ時間が決まっていればそのストレスは軽減されますが、どれくらい待てばいいのか予測がつかない場合のストレスは非常に高くなります。
例えばディズニーランドで2時間並ぶのはOKなのです。なぜなら2時間待てばアトラクションという利益に必ずありつける。そもそも並ぶ前に、今2時間待ちという表示を見て、その負担と利益を天秤にかけて並んでいるわけですから、受けるストレスは自然と低くなります。

一方、スーパーの並んだレジ列のパートのおばちゃんが偶然新人で、もたもたとレジ打ちされると、ものの2～3分でストレスがたまります。ディズニーランドでは2時間も待てるのに関わらず、です。

つまり、これはこうも言えるでしょう。

人は「スムーズに行くだろう」という自分の予測を裏切られると、ストレスが溜まる

さて、ボードゲームに戻ってみると、長考されてストレスがたまるケースは、ものの見事にレジ打ちのおばちゃんケースであると言えます。
しかも待たされた挙句、待っているのは自分にとってより辛い展開になることが多いのです（たくさん考えて導き出された手なわけですから）。また待っている間も、どのくらい待てばいいのか分からない。

一方、長考する側の論理についても考えみなければいけません。長考する人の立場からすると、即座に手番を進める人は「こいつなんも考えてねぇな」と映るかもしれません。
また、彼らからすれば「ゲームに勝つために最善の努力を尽くすのは当たり前のこと」なのです。別に手番の時間がルールで決まっているわけでもないのですから。

例えば、将棋において、あまり考えずに打てば即座に詰んでしまうでしょう。これはたとえ勝てたとしても全く面白くない。なぜなら、将棋はお互いに駒動きを読んだ上で作戦を立てるゲームだから。打った手に対して「なるほど、そうきたか。ならばこれはどうだ！」と駒で語り合う、そんな心の機微を楽しみたいのかもしれません。

つまり、それぞれのボードゲームに対する考え方、たとえば「どこまで勝ちたいのか」「その際にどこまで対戦相手に配慮すべきか」が異なるため、「長考の是非」という問題が起こるわけです。そして、様々な面識のない人たちが同卓する可能性がある、特にオープンゲーム会で問題になりやすい事象であるかと考えられます。
（親しい間柄であれば、嫌なことは嫌と言えますからね！）

【長考問題を解決する3つの方法】

この問題について、漏れなく、被りなく解決方法を見出していきましょう。
大きく分けて3つ。ゲームの問題、場の問題、そして人の問題です。

1. ゲームデザイナーの想いを見える化する

そのゲームは長考を前提としているのか、あるいはテンポ重視なのか、ここをゲームデザインとして規定していれば、そもそもこの問題は起こりません。
例えばウボンゴでは砂時計が落ちるまで、と明確に決められていますが、多くのボードゲームでこのようなルールはなく、基本的には遊び手にゆだねられています。そのほうが堅苦しくないし、そもそもガチガチにルールで縛られるとそれはそれで、遊びにくかったりします。

そこで、そもそもこのゲームは長考が許されているのか、そうでないのか。作者としてはどうなのかという点を明確にしてはどうでしょうか。

例えばパッケージに「長考OK」マークを付ける。そうすることで、このゲームをやる人は「長考を許容できる人」という暗黙の了解ができるかもしれません。
もしくはゲームデザインとして、「長考」について組み込んでしまうのも一策です。例えば、時間をかければかけた分、一手の質は上がるかもしれないが、その分リスクを負わなければならない仕組みがあるなど。こうすることで、長考しない側も単に待たされ損ではなく、相手がリスクをとっている分、納得できるのではないでしょうか。（分かりやすいのは将棋や囲碁の競技シーンの持ち時間制）

ゲームを作る側として、他人の手番中であるダウンタイムは常に気にするポイントですが、「そもそものターゲットを示しておく」ということがより重視されていくのではないかと思います。これはじっくり考えてやってほしいゲームなのか、それともカジュアルにテンポよくワイワイやってほしいのか。そんな作者の想いを見える化するだけでも、ずいぶんと長考問題が減る気がします。


2. 場の方向性を明確にする

カジュアルなゲームなのに異様に考える時間が長い人がいるから問題なんですけど……と、そんな声が聞こえてきそうです。
ゲーム単位で規定するのが難しければ、場にルールを設けるのが最も手っ取り早く効果的だと思います。

長考問題が起きやすいのはオープンゲーム会だと言いました。首都圏ではありがたいことに非常に多くのオープンゲーム会が開かれています。私も少ないながら色々なゲーム会に参加させていただきますが、ずいぶんとカラーが異なります。
ただ一方で、最低限のルール（勧誘活動禁止、電源ゲーム禁止etc）以外についてはあまり触れられていないと感じています。

「全員が気持ちよく、楽しくプレイをする」というのはどこのゲーム会でも一つの目指すべき姿であると思います。長考する人、しない人が混ざってしまい、これによりストレスが溜まってしまう人が多く出てしまうのであれば、対策を講じるのもありでしょう。

例えば、主催者メッセージとして「このゲーム会はじっくりと1つ1つのゲームを味わう場」とするのか、あるいは「とにかくたくさん色々なゲームを遊んで、気に入ったら自分で買ってもらうお試しの場」とするのかを表明するだけでも効果がありそうです。

ゲーム会のカラーを作っていくのは、間違いなく主催者とそれに賛同する参加者です。
幸い首都圏にはたくさんボードゲーム会がありますので、自分にあったゲーム会に参加されるのが、お互いにとって楽しい時間を過ごせることになるでしょう。

ゲーム会単位のルール決めが難しければ、ゲーム卓単位で、ゲームに慣れたプレイヤーがある程度規定してあげるのも有効だと思います。例えばインスト時に、「これはちょっと考えるゲームだよ」と紹介するとか、「結構運要素が強いテンポゲーだから、サクサクやってみよう」とか。
また、ゲーム前にどの程度ゲームに慣れているプレイヤーなのか、どういうゲームが好きかなど、同卓者のプロファイリングをしておくことはとても重要だと思います。ゲーム会で名札にゲーム歴、ゲーム嗜好などをスタンプで押せるように工夫されているところもあります。とても素晴らしいやり方ですね！


3. 相手の立場になってみる

ボードゲームに時間に関するルールがほとんどないのはなぜでしょう。
ゲーム会に長考に関するルールがないのはなぜでしょう。
結局それは、ゲーム製作者が、ゲーム会主催者がプレイヤーを信頼し、その選択を委ねているからだと私は考えます。ボドゲの楽しさの一つに、対面コミュニケーションを楽しむことが挙げられると思いますが、実は時間とコミュニケーションは相反関係にあると私は考えています。
時間を明確に規定されると、「遊び」が生まれにくいのです。
ですので、競技シーンでない限り、一手10秒などの定量的な時間拘束は本来の楽しさを潰すものであると思います（その時間拘束がゲームシステムに大きく関連する場合を除いて）。

結局、楽しさの源泉は人にあり、なのです。
ボードゲームはソフトで、人がハード。ハードの意識が変わらなければ物事はあまり変わらない。

具体的にどういう意識を持てばいいか。
私自身出来ていないことも多いのですが、結局のところ、「自分の行動が相手にとってどう映っているかを考えてみる」。これに尽きると思います。

最初に申し上げましたとおり、長考されるのが嫌なプレイヤーは、「予測を裏切られた」と感じ、「どれくらい待てばいいのか先が見通せない」ことにフラストレーションを感じます。
そのため、テンポを崩してしまう場合は「すいません、20秒ほど時間ください！」と声掛けするだけで、だいぶ印象は変わってきます。さらに言えるなら「これとそっちで迷ってるんだよなー」とか言うと和らぎますね！

たまにいらっしゃいますし、私も没頭しすぎてやってしまうことがあるのですが、「何も言わずに急に考え出す」、これは最悪です。人はとてもわがままで、自分の知らないところで何かされるのがとても嫌う傾向があります。例えば、電車の中で女子高生2人が仲良く喋っているのは気にならないのですが、1人で携帯片手に喋られるとイライラします。マナーという刷り込みもありますが、情報の非対称性を人は嫌う性質があるのです。

何が言いたいか。一人で考え込む前に、周りをまず見てみましょう。ハードであるプレイヤーがそのボードゲームのほんとのコアなのです。私達が本当に良いゲームだなぁという感想を抱くとき、それはゲームシステムの素晴らしさもさることながら、全員が笑顔でプレイできたことに価値があると、私は思います。

一方、つい長考しがちな人に対しては「どこで悩んでいるの？」と聞いてあげるのも良い配慮です。私もよく悩んでしまうので、聞いていただけてアドバイスをいただけると、いつもありがたい気持ちになります。
特にキングメーカーをしてしまうのが一番嫌なので、最下位なのに考え込んでしまったりすることもありました。そんなとき「別に気にしなくていいから好きにやっていいよ！」と笑顔で言われると、めちゃくちゃうれしいですし、救われます。

長考と一言でいっても、本当に色々なシチュエーションがあります。ゲームに長けた経験者であればあるほど、この人は何に悩んでいるのだろう、と相手について考え、心にゆとりを持ち、手を差し伸べてあげることができるのではないでしょうか。

結局は気持ち次第。もしこれを読んでくれた方がいて、何かひとつでも思い当たることがあれば、少しだけ相手を気にしてあげてください。
私も書いていて、「うわ―自分できてねぇな」と思うことが恥ずかしながらたくさんありました！

【まとめ】

●人は「どれくらい待てばいいか分からない」、「待つと思っていなかった」場合に大きなストレスを感じる傾向にある

●一方、「ゲームに勝つために最善を尽くすのは当たり前」「なんであまり考えてプレイしないのか」と感じる人もいる

●ボドゲに対する考え方は人それぞれだが、そんな様々な人が同卓する可能性があるオープンゲーム会で、長考は特に問題になりやすい

●ゲームデザイナーの想いを示すことで、遊び方が共通化するかもしれない

●そのゲーム会のビジョンを出し、共感する人を集めることで問題が起こりにくくなるだろう

●でも、結局は人。自分が長考するとき、相手が長考しているとき、少しだけ同卓しているプレイヤーについて考えてみよう

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こたつパーティー（こたパ）
「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」
WEB：http://www.kotatsu-party.com/　
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Podcast「こたトーク！」
「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」
http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<strong>【新年のご挨拶】</strong><br /><br />みなさま、あけましておめでとうございます。<br />2015年も、当ブログ「ボドゲ神拳～おまえはもう考えている～」をよろしくお願いいたします！ さりげなくブログタイトルが変わっておりますが……キャッチーなものにしようとして、アドバイスをいただいた結果、こうなりました。まじめなことを言うときは、バカな感じを出した方がいいという言葉が胸に響いたわけです！<br /><br />では、今年も頑張っていきましょう。<br /><br /><strong>【それぞれの長考に関するスタンス】</strong><br /><br />さて、今回はボードゲームにおける永遠のテーマ、<strong>「長考」</strong>について考えてみたいと思います。考えることについて考えるなんて、もはや哲学的な世界に突入している気がしますね。<br /><br />ボードゲームをしていると、「あいつの手番になると常に待たされて、ゲームテンポが悪くなる」ということが起こり得ます。そうすると、「こいつとはもう同卓したくねぇな」とか、ひいては「このゲーム面白くなかったな」と思ってしまうかもしれません。これはなかなか不幸なことですよね。なぜこう思ってしまうのでしょうか。<br /><br />それは、「待つ」という行為は、待つことが自分の利益になる場合を除き、非常にストレスを受けやすいためです。また、待つ時間が決まっていればそのストレスは軽減されますが、<strong>どれくらい待てばいいのか予測がつかない場合のストレスは非常に高くなります。</strong><br />例えばディズニーランドで2時間並ぶのはOKなのです。なぜなら2時間待てばアトラクションという利益に必ずありつける。そもそも並ぶ前に、今2時間待ちという表示を見て、その負担と利益を天秤にかけて並んでいるわけですから、受けるストレスは自然と低くなります。<br /><br />一方、スーパーの並んだレジ列のパートのおばちゃんが偶然新人で、もたもたとレジ打ちされると、ものの2～3分でストレスがたまります。ディズニーランドでは2時間も待てるのに関わらず、です。<br /><br />つまり、これはこうも言えるでしょう。<br /><br /><strong>人は「スムーズに行くだろう」という自分の予測を裏切られると、ストレスが溜まる</strong><br /><br />さて、ボードゲームに戻ってみると、長考されてストレスがたまるケースは、ものの見事にレジ打ちのおばちゃんケースであると言えます。<br />しかも待たされた挙句、待っているのは自分にとってより辛い展開になることが多いのです（たくさん考えて導き出された手なわけですから）。また待っている間も、どのくらい待てばいいのか分からない。<br /><br />一方、長考する側の論理についても考えみなければいけません。長考する人の立場からすると、即座に手番を進める人は「こいつなんも考えてねぇな」と映るかもしれません。<br />また、彼らからすれば<strong>「ゲームに勝つために最善の努力を尽くすのは当たり前のこと」</strong>なのです。別に手番の時間がルールで決まっているわけでもないのですから。<br /><br />例えば、将棋において、あまり考えずに打てば即座に詰んでしまうでしょう。これはたとえ勝てたとしても全く面白くない。なぜなら、将棋はお互いに駒動きを読んだ上で作戦を立てるゲームだから。打った手に対して「なるほど、そうきたか。ならばこれはどうだ！」と駒で語り合う、そんな心の機微を楽しみたいのかもしれません。<br /><br />つまり、それぞれのボードゲームに対する考え方、たとえば<strong>「どこまで勝ちたいのか」「その際にどこまで対戦相手に配慮すべきか」</strong>が異なるため、「長考の是非」という問題が起こるわけです。そして、様々な面識のない人たちが同卓する可能性がある、特に<strong>オープンゲーム会で問題になりやすい事象</strong>であるかと考えられます。<br />（親しい間柄であれば、嫌なことは嫌と言えますからね！）<br /><br /><strong>【長考問題を解決する3つの方法】</strong><br /><br />この問題について、漏れなく、被りなく解決方法を見出していきましょう。<br />大きく分けて3つ。ゲームの問題、場の問題、そして人の問題です。<br /><br /><strong>1. ゲームデザイナーの想いを見える化する</strong><br /><br />そのゲームは長考を前提としているのか、あるいはテンポ重視なのか、ここをゲームデザインとして規定していれば、そもそもこの問題は起こりません。<br />例えばウボンゴでは砂時計が落ちるまで、と明確に決められていますが、多くのボードゲームでこのようなルールはなく、基本的には遊び手にゆだねられています。そのほうが堅苦しくないし、そもそもガチガチにルールで縛られるとそれはそれで、遊びにくかったりします。<br /><br />そこで、そもそもこのゲームは長考が許されているのか、そうでないのか。作者としてはどうなのかという点を明確にしてはどうでしょうか。<br /><br />例えばパッケージに「長考OK」マークを付ける。そうすることで、このゲームをやる人は「長考を許容できる人」という暗黙の了解ができるかもしれません。<br />もしくはゲームデザインとして、「長考」について組み込んでしまうのも一策です。例えば、時間をかければかけた分、一手の質は上がるかもしれないが、その分リスクを負わなければならない仕組みがあるなど。こうすることで、長考しない側も単に待たされ損ではなく、相手がリスクをとっている分、納得できるのではないでしょうか。（分かりやすいのは将棋や囲碁の競技シーンの持ち時間制）<br /><br />ゲームを作る側として、他人の手番中であるダウンタイムは常に気にするポイントですが、<strong>「そもそものターゲットを示しておく」</strong>ということがより重視されていくのではないかと思います。これはじっくり考えてやってほしいゲームなのか、それともカジュアルにテンポよくワイワイやってほしいのか。そんな作者の想いを見える化するだけでも、ずいぶんと長考問題が減る気がします。<br /><br /><br /><strong>2. 場の方向性を明確にする</strong><br /><br />カジュアルなゲームなのに異様に考える時間が長い人がいるから問題なんですけど……と、そんな声が聞こえてきそうです。<br />ゲーム単位で規定するのが難しければ、場にルールを設けるのが最も手っ取り早く効果的だと思います。<br /><br />長考問題が起きやすいのはオープンゲーム会だと言いました。首都圏ではありがたいことに非常に多くのオープンゲーム会が開かれています。私も少ないながら色々なゲーム会に参加させていただきますが、ずいぶんとカラーが異なります。<br />ただ一方で、最低限のルール（勧誘活動禁止、電源ゲーム禁止etc）以外についてはあまり触れられていないと感じています。<br /><br /><strong>「全員が気持ちよく、楽しくプレイをする」</strong>というのはどこのゲーム会でも一つの目指すべき姿であると思います。長考する人、しない人が混ざってしまい、これによりストレスが溜まってしまう人が多く出てしまうのであれば、対策を講じるのもありでしょう。<br /><br />例えば、主催者メッセージとして<strong>「このゲーム会はじっくりと1つ1つのゲームを味わう場」</strong>とするのか、あるいは<strong>「とにかくたくさん色々なゲームを遊んで、気に入ったら自分で買ってもらうお試しの場」</strong>とするのかを表明するだけでも効果がありそうです。<br /><br />ゲーム会のカラーを作っていくのは、間違いなく主催者とそれに賛同する参加者です。<br />幸い首都圏にはたくさんボードゲーム会がありますので、自分にあったゲーム会に参加されるのが、お互いにとって楽しい時間を過ごせることになるでしょう。<br /><br />ゲーム会単位のルール決めが難しければ、ゲーム卓単位で、ゲームに慣れたプレイヤーがある程度規定してあげるのも有効だと思います。例えばインスト時に、「これはちょっと考えるゲームだよ」と紹介するとか、「結構運要素が強いテンポゲーだから、サクサクやってみよう」とか。<br />また、ゲーム前にどの程度ゲームに慣れているプレイヤーなのか、どういうゲームが好きかなど、同卓者のプロファイリングをしておくことはとても重要だと思います。ゲーム会で名札にゲーム歴、ゲーム嗜好などをスタンプで押せるように工夫されているところもあります。とても素晴らしいやり方ですね！<br /><br /><br /><strong>3. 相手の立場になってみる</strong><br /><br />ボードゲームに時間に関するルールがほとんどないのはなぜでしょう。<br />ゲーム会に長考に関するルールがないのはなぜでしょう。<br />結局それは、ゲーム製作者が、ゲーム会主催者がプレイヤーを信頼し、その選択を委ねているからだと私は考えます。ボドゲの楽しさの一つに、対面コミュニケーションを楽しむことが挙げられると思いますが、実は時間とコミュニケーションは相反関係にあると私は考えています。<br /><strong>時間を明確に規定されると、「遊び」が生まれにくいのです。</strong><br />ですので、競技シーンでない限り、一手10秒などの定量的な時間拘束は本来の楽しさを潰すものであると思います（その時間拘束がゲームシステムに大きく関連する場合を除いて）。<br /><br />結局、楽しさの源泉は人にあり、なのです。<br />ボードゲームはソフトで、人がハード。ハードの意識が変わらなければ物事はあまり変わらない。<br /><br />具体的にどういう意識を持てばいいか。<br />私自身出来ていないことも多いのですが、結局のところ、<strong>「自分の行動が相手にとってどう映っているかを考えてみる」</strong>。これに尽きると思います。<br /><br />最初に申し上げましたとおり、長考されるのが嫌なプレイヤーは、「予測を裏切られた」と感じ、「どれくらい待てばいいのか先が見通せない」ことにフラストレーションを感じます。<br />そのため、テンポを崩してしまう場合は「すいません、20秒ほど時間ください！」と声掛けするだけで、だいぶ印象は変わってきます。さらに言えるなら「これとそっちで迷ってるんだよなー」とか言うと和らぎますね！<br /><br />たまにいらっしゃいますし、私も没頭しすぎてやってしまうことがあるのですが、「何も言わずに急に考え出す」、これは最悪です。人はとてもわがままで、自分の知らないところで何かされるのがとても嫌う傾向があります。例えば、電車の中で女子高生2人が仲良く喋っているのは気にならないのですが、1人で携帯片手に喋られるとイライラします。マナーという刷り込みもありますが、情報の非対称性を人は嫌う性質があるのです。<br /><br />何が言いたいか。一人で考え込む前に、周りをまず見てみましょう。ハードであるプレイヤーがそのボードゲームのほんとのコアなのです。私達が本当に良いゲームだなぁという感想を抱くとき、それはゲームシステムの素晴らしさもさることながら、全員が笑顔でプレイできたことに価値があると、私は思います。<br /><br />一方、つい長考しがちな人に対しては「どこで悩んでいるの？」と聞いてあげるのも良い配慮です。私もよく悩んでしまうので、聞いていただけてアドバイスをいただけると、いつもありがたい気持ちになります。<br />特にキングメーカーをしてしまうのが一番嫌なので、最下位なのに考え込んでしまったりすることもありました。そんなとき「別に気にしなくていいから好きにやっていいよ！」と笑顔で言われると、めちゃくちゃうれしいですし、救われます。<br /><br />長考と一言でいっても、本当に色々なシチュエーションがあります。ゲームに長けた経験者であればあるほど、この人は何に悩んでいるのだろう、と相手について考え、心にゆとりを持ち、手を差し伸べてあげることができるのではないでしょうか。<br /><br />結局は気持ち次第。もしこれを読んでくれた方がいて、何かひとつでも思い当たることがあれば、少しだけ相手を気にしてあげてください。<br />私も書いていて、「うわ―自分できてねぇな」と思うことが恥ずかしながらたくさんありました！<br /><br /><strong>【まとめ】</strong><br /><br />●人は「どれくらい待てばいいか分からない」、「待つと思っていなかった」場合に大きなストレスを感じる傾向にある<br /><br />●一方、「ゲームに勝つために最善を尽くすのは当たり前」「なんであまり考えてプレイしないのか」と感じる人もいる<br /><br />●ボドゲに対する考え方は人それぞれだが、そんな様々な人が同卓する可能性があるオープンゲーム会で、長考は特に問題になりやすい<br /><br />●ゲームデザイナーの想いを示すことで、遊び方が共通化するかもしれない<br /><br />●そのゲーム会のビジョンを出し、共感する人を集めることで問題が起こりにくくなるだろう<br /><br />●でも、結局は人。自分が長考するとき、相手が長考しているとき、少しだけ同卓しているプレイヤーについて考えてみよう<br /><br />【ボードゲーム制作サークルPR】<br />こたつパーティー（こたパ）<br />「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」<br />WEB：<a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a>　<br />ブログ：<a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/</a>　<br />Twitter: @kotatsu_pa<br /><br />Podcast「こたトーク！」<br />「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」<br /><a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html</a><a name="more"></a>

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            <category>ボードゲームコラム</category>
      <author>らりお</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,begin-boardgames/412331881</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/411089381.html</link>
      <title>あの人をボドゲに引き込むための3つの誘い文句</title>
      <pubDate>Mon, 22 Dec 2014 17:52:14 +0900</pubDate>
            <description>年の瀬も近づいております今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。そういえば、クリスマスという行事は、今年から廃止になったようですよ。カップルになったからといって町に出てきてイチャイチャせず、大人しく家でフタリコラしていましょう。さて、先日の話です。ボドゲを少しだけかじった友人から、こんな質問を受けました。「らりおは将棋とかしないの？」「将棋は基本ルールが分かるレベル、超弱い。スーファミの将棋ソフトの一番弱いレベルに負ける感じ」「お、おう……。囲碁は？」「囲碁はヒカルの碁読ん..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
年の瀬も近づいております今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
そういえば、クリスマスという行事は、今年から廃止になったようですよ。カップルになったからといって町に出てきてイチャイチャせず、大人しく家でフタリコラしていましょう。

さて、先日の話です。
ボドゲを少しだけかじった友人から、こんな質問を受けました。
「らりおは将棋とかしないの？」
「将棋は基本ルールが分かるレベル、超弱い。スーファミの将棋ソフトの一番弱いレベルに負ける感じ」
「お、おう……。囲碁は？」
「囲碁はヒカルの碁読んで感化されて、俺もsaiって名前にしてオンラインでブイブイ言わせたる！って思ってやってみたけど、9路盤で挫折したレベル」
「（゜Д ゜）」

大きな分類でいえば、囲碁将棋とボドゲは同じジャンルにあるはずです。
ゲーム⇒アナログゲーム⇒ボードゲーム、少なくともここまでは同じはず。
何が違うのかといえば、大きく2つの点でしょう。

1. 普及度
知名度といってもいいかもしれませんが、囲碁や将棋はプロとして食べていけるゲームであるということ。これにより競技人口が非常に多く、対戦相手が見つかりやすい世界であるのは、我々の遊んでいるボドゲというジャンルとは大きく違う点でしょう（今後ボドゲも普及していくけどねっ！）。

2. 情報開示度
囲碁将棋は完全情報ゲームと呼ばれている、いわゆる運の要素ゼロなゲームです。ボドゲにも同様のゲームはありますが、全体数で言えば少ないことと、また普及度が異なるため、「知らないルールにいかに早く対応できるか」というまた違った要素で楽しめるということがあります。

……はてさて、そういえばなぜ私は囲碁や将棋ではなく、ボドゲをしているのでしょうか。
将棋や囲碁は早々に挫折したのに、なぜボドゲは楽しめて、しかも自分で作ろう、という段階まで行っているのでしょうか。
そこにはボドゲを知らない人をこっちの世界に引き込む際に、とても刺さる何か重要な要素が隠れているのでは！？

……というわけで、囲碁将棋とボドゲの違いについてもう少し深堀りし、そこから色んな人をボドゲに引き込むための具体的な誘い文句について考えてみることにします。

【ボドゲはワガママを叶えてくれる】

のっけから、批判を食らいそうな小題を付けてみましたが、あくまで私のケースですし、ワガママ＝悪いこと、というニュアンスでもありません。

では、何がワガママなのでしょうか？
簡単にいえば、「楽してダイエットしたい！」というやつです。
ダイエットしたいならそれなりに努力しろ、と体育会系な人に怒られそうですが、私は運動なんてしたくないです。だって辛いじゃないですか、冬は寒いし、夏は暑い！ついでに好きなもの食べたいんです、カキフライ好きだし、ハンバーグも好きだ！でも……痩せたいんです！（割と切実

ボドゲはそんなワガママなあなたの夢をかなえてくれる魔法の道具、かもしれません。
ボードゲーマーがダイエットしたいかどうかは知りません！
しかし、多くの人は結構「勝利」には貪欲です。勝ちたい、だってゲームだし勝負だから。でも、勝つためにそんな努力はしたくない、だってゲームだから。……どっちだよ！！

しかも、一応「自分だから勝てた感」もほしいんですよね。これ、俺がプレイしてなくてもあいつに勝ったよね、ってのは嫌なんです。「いやーあの一手は最高だったでしょ」ってドヤ顔して言いたいんです！まぁまぁ、なんてワガママなやつだ。
私の場合、ボドゲのこの独特のポジションがとっても好きなんですよね。だって、ボドゲなら羽生四冠に勝てる可能性あるんですよ！（将棋なら歩3枚で負け続ける自信あるけど）

つまり、ボドゲは努力したくないけど勝ちたいというワガママなニーズを満たしてくれる魔法の遊びなのです。
勝ったら「自分の実力」と感じられるし、負けたら「運が悪かったな！」と思えちゃう。実際には言わないんだけど、心の中で思えばいいから、Win-Win、全員ハッピー。もちろん、完全に運じゃなくて実力で負けてることもあるのですけど……（最近の重ゲーは結構そういうゲームが多い気がしますね）。

一方、将棋や囲碁は負けたら、常に自分が悪い。相手は自分より上だと証明されてしまう！それは嫌だ、だって負けず嫌いだから！！ だけど、その分成長を実感しやすいゲームでもあります。囲碁サロンとかで比較的高齢者の方が多いのは、やはり年をとっても成長している自分を感じられるのはうれしいのでしょうし、それが快感なのだと思います。
まぁ私は真正面から負けるの嫌だけど、努力もしたくないから、まだまだボドゲがいいです！（弱腰

ですので、めんどくさがりな人やワガママな人はボドゲ潜在プレイヤーです。
そんな人には、「努力しなくても勝てて、しかも気持ちよくなれるゲームやらない？ 負けたら運が悪かったって言えばいいからさ！」と誘うと効果覿面かもしれません！？

【ボドゲは人生の縮図である】

by らりお。

「囲碁や将棋とボドゲ、どちらが現実的ですか？」 と質問してみたところ、囲碁や将棋のほうが現実的、役に立ちそう！という回答をいただきました。
そもそも質問をあえて抽象的にしているのですが、多くの人が囲碁や将棋のほうが頭の回転に寄与するのではないか、と考えたようです。
でも、本当にそうでしょうか。少なくとも「現実的か？」という問いに関して言えば、ボドゲのほうが現実的です。

ん、現実的って何かって？ 私が声を大にして言いたいのは、この科学が発展した現在においてもなお、全ての情報が見えているなんてありえないということです！
例えば将棋は合戦モチーフなゲームですが、戦国時代の合戦において、あいつは今ここにいるから、っていうのは絶対分からないはずなんですよ。もちろん偵察部隊はいたでしょうけど、そこから逃れて茂みに隠れている別動隊もいたはずです。超精密なGoogle Street Viewがあれば話は別ですが！

もっと現在に話を戻すと、誰がうちの会社の商品を買ってくれているのか、ライバルは今どんな製品を開発しているのか、なんで今日は上司の機嫌が悪いのか……世の中分からないことばかりです。
ビジネスや現実は不確実性の連続です。
あらゆるリスクを勘案しておき、ワーストシナリオとベストシナリオを策定した上で目標を設定し、その上で様々な不測のトラブルを実際のオペレーションで乗り越え、時に大きな判断をして、目標を達成し収益を上げて、持続的成長を描く。

……あれ、まさにこれ、ボドゲじゃないですか！？

ボドゲは、そのモチーフこそ歴史だったり動物だったりいろいろですが、基本的にはこの不確実性への対処、つまり「運に対するマネジメントができるシミュレーター」であると思います。実際のビジネスにおいて、私たちはそう簡単にリスクを負えません。しかし、ボドゲはゲーム、負けてもお金を失うわけでもないですし、人事評価が下がるわけでもありません。
ボドゲを通して、運をマネジメントする術を学び、それをビジネスで活かす！
ね、すごく現実的で役に立つでしょ！

ですので、将来起業を考えているとか、仕事バリバリな人は、ボドゲの潜在プレイヤーです、間違いありません。そんな人たちには「仕事で結果を出すには、やっぱ不測の事態への対応力が重要ですよ。それを疑似体験できるゲームがあるんだけど、やってみない？」、これで決まりです。

なんか悪徳商法みたいになってきました。

【ボドゲであの頃を思い出す】

私はドラクエが結構好きです。なんで好きなんでしょうね、ボドゲじゃないけど。
うーん、やっぱり広いフィールドを冒険して、新しい町とかダンジョンとかモンスターとかボスとか、そういうのに出会って乗り越えていく感じ、あれがワクワクするんだなぁ。

未知との遭遇はきっと快感につながるのですね。そして、それを求めてボドゲをしている面も非常に大きいです。

以前私は記事で、ボドゲプレイヤーの3つの属性について書いたことがあります。

【コラム】初心者の私はこんなインストをされたい
http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403951355.html

詳細は省きますが、その3つの属性の中でもっとも多かったのは、やはり「探究者」な人々なのです。つまり、ボードゲームに求めているのはルールとしての面白さ、新規性。彼らは味わったことのないワクワクを求めてボドゲをしているのです。

将棋や囲碁は研究に研究を重ねて、新手を発見し、またそれに対する研究がなされます。これはこれで新規性が次々と生まれてくるわけですが、ボドゲの新規性はより手軽で身近なものでしょう。

さて、そんな特性を持ったボドゲ、いったい誰に刺さるのか。
言わずもがな……「団地妻」でしょう！
団地妻といえば、私の勝手なイメージでは生活にマンネリを感じています。あまり日常に刺激がないから、ちょっと浮気してみたり、万引きしてみたり。ついついスリルを追求しすぎてしまうわけです（実態は知りませんが！）。
そんな彼女たちを健全なボードゲームへの世界へと誘いましょう。
「今の旦那さんに初めて出会った時のようなドキドキワクワクを、もう一度味わってみませんか？」
この口説き文句で、団地一帯でボドゲが流行りますね！

【まとめ】

●将棋囲碁とボドゲの違いは、普及度と情報開示度

●ボドゲは努力したくないけど勝ちたいというワガママなニーズを満たしてくれる魔法の遊び

●ボドゲはあらゆる不測の事態に対応する能力を養うシミュレーター

●ボドゲはあなたに未知の体験を与えてくれる、ドキドキワクワクの宝庫

●ワガママな子供も、エリートなお兄さんも、団地妻も。ボドゲでハッピー。

2014年最後の記事、こんなふざけた内容でごめんなさい。
「運をマネジメントするということの有用性」について書こうと思っていたら、いつの間にか団地妻をいかに口説き落とすか、という記事になっていました。

それでは、みなさまメリークリスマス & よいお年を！
来年も「こたつパーティー」とこのブログともども、よろしくお願いいたします。

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http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
年の瀬も近づいております今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。<br />そういえば、クリスマスという行事は、今年から廃止になったようですよ。カップルになったからといって町に出てきてイチャイチャせず、大人しく家でフタリコラしていましょう。<br /><br />さて、先日の話です。<br />ボドゲを少しだけかじった友人から、こんな質問を受けました。<br />「らりおは将棋とかしないの？」<br />「将棋は基本ルールが分かるレベル、超弱い。スーファミの将棋ソフトの一番弱いレベルに負ける感じ」<br />「お、おう……。囲碁は？」<br />「囲碁はヒカルの碁読んで感化されて、俺もsaiって名前にしてオンラインでブイブイ言わせたる！って思ってやってみたけど、9路盤で挫折したレベル」<br />「（゜Д ゜）」<br /><br />大きな分類でいえば、囲碁将棋とボドゲは同じジャンルにあるはずです。<br />ゲーム⇒アナログゲーム⇒ボードゲーム、少なくともここまでは同じはず。<br />何が違うのかといえば、大きく2つの点でしょう。<br /><br /><strong>1. 普及度</strong><br />知名度といってもいいかもしれませんが、囲碁や将棋はプロとして食べていけるゲームであるということ。これにより競技人口が非常に多く、対戦相手が見つかりやすい世界であるのは、我々の遊んでいるボドゲというジャンルとは大きく違う点でしょう（今後ボドゲも普及していくけどねっ！）。<br /><br /><strong>2. 情報開示度</strong><br />囲碁将棋は完全情報ゲームと呼ばれている、いわゆる運の要素ゼロなゲームです。ボドゲにも同様のゲームはありますが、全体数で言えば少ないことと、また普及度が異なるため、「知らないルールにいかに早く対応できるか」というまた違った要素で楽しめるということがあります。<br /><br />……はてさて、そういえばなぜ私は囲碁や将棋ではなく、ボドゲをしているのでしょうか。<br />将棋や囲碁は早々に挫折したのに、なぜボドゲは楽しめて、しかも自分で作ろう、という段階まで行っているのでしょうか。<br />そこにはボドゲを知らない人をこっちの世界に引き込む際に、とても刺さる何か重要な要素が隠れているのでは！？<br /><br />……というわけで、囲碁将棋とボドゲの違いについてもう少し深堀りし、そこから色んな人をボドゲに引き込むための具体的な誘い文句について考えてみることにします。<br /><br />【ボドゲはワガママを叶えてくれる】<br /><br />のっけから、批判を食らいそうな小題を付けてみましたが、あくまで私のケースですし、ワガママ＝悪いこと、というニュアンスでもありません。<br /><br />では、何がワガママなのでしょうか？<br />簡単にいえば、<strong>「楽してダイエットしたい！」</strong>というやつです。<br />ダイエットしたいならそれなりに努力しろ、と体育会系な人に怒られそうですが、私は運動なんてしたくないです。だって辛いじゃないですか、冬は寒いし、夏は暑い！ついでに好きなもの食べたいんです、カキフライ好きだし、ハンバーグも好きだ！でも……痩せたいんです！（割と切実<br /><br />ボドゲはそんなワガママなあなたの夢をかなえてくれる魔法の道具、かもしれません。<br />ボードゲーマーがダイエットしたいかどうかは知りません！<br />しかし、多くの人は結構「勝利」には貪欲です。勝ちたい、だってゲームだし勝負だから。でも、勝つためにそんな努力はしたくない、だってゲームだから。……どっちだよ！！<br /><br />しかも、一応「自分だから勝てた感」もほしいんですよね。これ、俺がプレイしてなくてもあいつに勝ったよね、ってのは嫌なんです。「いやーあの一手は最高だったでしょ」ってドヤ顔して言いたいんです！まぁまぁ、なんてワガママなやつだ。<br />私の場合、ボドゲのこの独特のポジションがとっても好きなんですよね。だって、ボドゲなら羽生四冠に勝てる可能性あるんですよ！（将棋なら歩3枚で負け続ける自信あるけど）<br /><br />つまり、<strong>ボドゲは努力したくないけど勝ちたいというワガママなニーズを満たしてくれる魔法の遊び</strong>なのです。<br />勝ったら「自分の実力」と感じられるし、負けたら「運が悪かったな！」と思えちゃう。実際には言わないんだけど、心の中で思えばいいから、Win-Win、全員ハッピー。もちろん、完全に運じゃなくて実力で負けてることもあるのですけど……（最近の重ゲーは結構そういうゲームが多い気がしますね）。<br /><br />一方、将棋や囲碁は負けたら、常に自分が悪い。相手は自分より上だと証明されてしまう！それは嫌だ、だって負けず嫌いだから！！ だけど、その分成長を実感しやすいゲームでもあります。囲碁サロンとかで比較的高齢者の方が多いのは、やはり年をとっても成長している自分を感じられるのはうれしいのでしょうし、それが快感なのだと思います。<br />まぁ私は真正面から負けるの嫌だけど、努力もしたくないから、まだまだボドゲがいいです！（弱腰<br /><br />ですので、めんどくさがりな人やワガママな人はボドゲ潜在プレイヤーです。<br />そんな人には、<strong>「努力しなくても勝てて、しかも気持ちよくなれるゲームやらない？ 負けたら運が悪かったって言えばいいからさ！」</strong>と誘うと効果覿面かもしれません！？<br /><br />【ボドゲは人生の縮図である】<br /><br />by らりお。<br /><br />「囲碁や将棋とボドゲ、どちらが現実的ですか？」 と質問してみたところ、囲碁や将棋のほうが現実的、役に立ちそう！という回答をいただきました。<br />そもそも質問をあえて抽象的にしているのですが、多くの人が囲碁や将棋のほうが頭の回転に寄与するのではないか、と考えたようです。<br />でも、本当にそうでしょうか。少なくとも「現実的か？」という問いに関して言えば、ボドゲのほうが現実的です。<br /><br />ん、現実的って何かって？ 私が声を大にして言いたいのは、この科学が発展した現在においてもなお、全ての情報が見えているなんてありえないということです！<br />例えば将棋は合戦モチーフなゲームですが、戦国時代の合戦において、あいつは今ここにいるから、っていうのは絶対分からないはずなんですよ。もちろん偵察部隊はいたでしょうけど、そこから逃れて茂みに隠れている別動隊もいたはずです。超精密なGoogle Street Viewがあれば話は別ですが！<br /><br />もっと現在に話を戻すと、誰がうちの会社の商品を買ってくれているのか、ライバルは今どんな製品を開発しているのか、なんで今日は上司の機嫌が悪いのか……世の中分からないことばかりです。<br /><strong>ビジネスや現実は不確実性の連続です</strong>。<br />あらゆるリスクを勘案しておき、ワーストシナリオとベストシナリオを策定した上で目標を設定し、その上で様々な不測のトラブルを実際のオペレーションで乗り越え、時に大きな判断をして、目標を達成し収益を上げて、持続的成長を描く。<br /><br />……あれ、まさにこれ、ボドゲじゃないですか！？<br /><br />ボドゲは、そのモチーフこそ歴史だったり動物だったりいろいろですが、基本的にはこの不確実性への対処、つまり<strong>「運に対するマネジメントができるシミュレーター」</strong>であると思います。実際のビジネスにおいて、私たちはそう簡単にリスクを負えません。しかし、ボドゲはゲーム、負けてもお金を失うわけでもないですし、人事評価が下がるわけでもありません。<br />ボドゲを通して、運をマネジメントする術を学び、それをビジネスで活かす！<br />ね、すごく現実的で役に立つでしょ！<br /><br />ですので、将来起業を考えているとか、仕事バリバリな人は、ボドゲの潜在プレイヤーです、間違いありません。そんな人たちには<strong>「仕事で結果を出すには、やっぱ不測の事態への対応力が重要ですよ。それを疑似体験できるゲームがあるんだけど、やってみない？」</strong>、これで決まりです。<br /><br />なんか悪徳商法みたいになってきました。<br /><br />【ボドゲであの頃を思い出す】<br /><br />私はドラクエが結構好きです。なんで好きなんでしょうね、ボドゲじゃないけど。<br />うーん、やっぱり広いフィールドを冒険して、新しい町とかダンジョンとかモンスターとかボスとか、そういうのに出会って乗り越えていく感じ、あれがワクワクするんだなぁ。<br /><br /><strong>未知との遭遇はきっと快感につながる</strong>のですね。そして、それを求めてボドゲをしている面も非常に大きいです。<br /><br />以前私は記事で、ボドゲプレイヤーの3つの属性について書いたことがあります。<br /><br />【コラム】初心者の私はこんなインストをされたい<br /><a href="http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403951355.html" target="_blank">http://begin-boardgames.seesaa.net/article/403951355.html</a><br /><br />詳細は省きますが、その3つの属性の中でもっとも多かったのは、やはり「探究者」な人々なのです。つまり、ボードゲームに求めているのはルールとしての面白さ、新規性。彼らは味わったことのないワクワクを求めてボドゲをしているのです。<br /><br />将棋や囲碁は研究に研究を重ねて、新手を発見し、またそれに対する研究がなされます。これはこれで新規性が次々と生まれてくるわけですが、ボドゲの新規性はより手軽で身近なものでしょう。<br /><br />さて、そんな特性を持ったボドゲ、いったい誰に刺さるのか。<br />言わずもがな……「団地妻」でしょう！<br />団地妻といえば、私の勝手なイメージでは生活にマンネリを感じています。あまり日常に刺激がないから、ちょっと浮気してみたり、万引きしてみたり。ついついスリルを追求しすぎてしまうわけです（実態は知りませんが！）。<br />そんな彼女たちを健全なボードゲームへの世界へと誘いましょう。<br /><strong>「今の旦那さんに初めて出会った時のようなドキドキワクワクを、もう一度味わってみませんか？」</strong><br />この口説き文句で、団地一帯でボドゲが流行りますね！<br /><br />【まとめ】<br /><br />●将棋囲碁とボドゲの違いは、普及度と情報開示度<br /><br />●ボドゲは努力したくないけど勝ちたいというワガママなニーズを満たしてくれる魔法の遊び<br /><br />●ボドゲはあらゆる不測の事態に対応する能力を養うシミュレーター<br /><br />●ボドゲはあなたに未知の体験を与えてくれる、ドキドキワクワクの宝庫<br /><br />●ワガママな子供も、エリートなお兄さんも、団地妻も。ボドゲでハッピー。<br /><br />2014年最後の記事、こんなふざけた内容でごめんなさい。<br />「運をマネジメントするということの有用性」について書こうと思っていたら、いつの間にか団地妻をいかに口説き落とすか、という記事になっていました。<br /><br />それでは、みなさまメリークリスマス & よいお年を！<br />来年も「こたつパーティー」とこのブログともども、よろしくお願いいたします。<br /><br />【ボードゲーム制作サークルPR】<br />こたつパーティー（こたパ）<br />「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」<br />WEB：<a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a>　<br />ブログ：<a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/</a>　<br />Twitter: @kotatsu_pa<br /><br />Podcast「こたトーク！」<br />「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」<br /><a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html</a><a name="more"></a>

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]]></content:encoded>
            <category>市場分析</category>
      <author>らりお</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,begin-boardgames/411089381</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/410322439.html</link>
      <title>ボードゲームのドラマ性について考えてみる</title>
      <pubDate>Tue, 09 Dec 2014 00:44:13 +0900</pubDate>
            <description>【はじめに】この記事はI was gameのカレーさん主催 ”Board Game Design Advent Calendar 2014” の9日目として、掲載しております。http://www.adventar.org/calendars/447こんにちは、GM2015春に向けてゲームを制作している 「こたつパーティー」というサークルを主催しております、らりおと申します。http://www.kotatsu-party.com/名だたるボードゲーム製作者たちの中、最近ボー..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
【はじめに】

この記事はI was gameのカレーさん主催
 ”Board Game Design Advent Calendar 2014” の9日目として、
掲載しております。
http://www.adventar.org/calendars/447

こんにちは、GM2015春に向けてゲームを制作している 「こたつパーティー」というサークルを主催しております、らりおと申します。
http://www.kotatsu-party.com/

名だたるボードゲーム製作者たちの中、最近ボードゲームを始めたばかりで、まだ制作物を発表していない私がこの場で書くのはとても恐縮です。ただ、せっかく掴んだ機会ですので、私なりの考えを全力でお伝えできればと思います。

テーマは「ボードゲームのドラマ性」 について、となっております。

ボヤっとした話から入るため、メインの話までたどり着くのに少しお時間をいただくことになりそうです。興味ある部分をピックアップしていただければと思います。
少しでも皆さんの閃きやアイデアに貢献できることがあれば幸いです。

【ピカソとゲームデザインの話】

「ゲームにおけるドラマ性」の話に行く前に、少しだけ考えていることを書きたいと思います。

私は普段、マーケティングに関わる仕事をしております。マーケティングは、お客様にどのように買っていただけるようにするか、という話ですが、はてさて、ボードゲーム制作の世界にそれは関係するのでしょうか。
マーケティングにおいて、常に意識しなければならないのは、「私たちのお客様は誰なのか？」ということ。このウェイトが非常に大きいと感じます。それに対してどんなコンセプトの製品をどのようなポジションで提案するのか。それによって製品仕様やメッセージ、そしてどこで販売するかなどが変わってきます。

この記事の前半では、「クリエイティブにターゲットは必要なのだろうか」という、そんな素朴な疑問について考えてみます。

クリエイティブは何か、と問われると、私のなかで最たるものは芸術作品です。
音楽や建築物や、絵画。
この世界には、名だたる芸術家と言われている人たちがいます。芸術に疎い私ですが、頭の中でパッと思い浮かぶのは、パブロ・ピカソです。

私がピカソの絵を初めて見たのは、たぶん幼稚園か小学校低学年のときでした。
母親にこの絵は数億円するといわれて、「なんでこんな変な絵が……」と幼い私は思ったものです。私には未だにその良さを理解できていませんし、 1万円と1 億円の絵を見せられて、どっちがどっちを判別することはできないと思います。

ピカソについてWikipediaで調べてみると、面白いのは彼の山あり谷ありの人生の中で、彼自身そのものが絵画に表れていることです。その時々によって、絵のタッチ、スタイルが全く違うのです。

私が感じたのは、なるほど、芸術の世界は完全な「プロダクト・アウト」なのだなということでした。とにかく彼は、描きたい物を、ただ描いていたのではないでしょうか。

（※プロダクト・アウトはマーケティングの用語で、簡単にいえば「作りたいものを作る」「気に入ってくれた人が買ってくれればいい」というやり方です。
対義語は「マーケット・イン」と呼ばれています。こちらは「誰に買ってほしいかを想定して作る」というやり方になります。

物が少なかった時代はプロダクト・アウトで多くの企業が成長をしてきましたが、近年は物が溢れ返り競争が激しく、ターゲットを絞って、まさにその人に向けた商品開発・マーケティングをしないとなかなか買ってもらえないと言われています。）

芸術家は自分の世界観を何らかの形で表現しています。その中にはメッセージがあることもあれば、ないこともあるのでしょう。その世界観を理解し、気に入った人がファンになって、その作品の価値、その人自身の価値を作っていく。そんな風に感じました。
（もちろん技術的な素晴らしさもあるのだと思います）

それでは、ボードゲームに置きかえてみるとどうなのだろうと。

私は、ボードゲームのデザインは芸術に似た部分があると感じています。
私たちボードゲーマーはゲームをプレイしていて、時々、痺れるようなゲームデザインに出会うことがあります。思わず、「おおっ！」と声が出る。そして、まさにそれを体験したいからこそ様々なボードゲームを遊んでいる、といっても過言ではない気がしています。システム的な美しさと面白さ、ここが整っているゲームに感動を覚えるわけです。

ドイツゲームデザイナーの巨匠と言われる人たちには、独特の世界観や得意技があります。ゲームをしていて、「クニッツィア氏らしいゲーム」と私たちが感じるのは、まさに彼の紡ぎ出す芸術性そのものではないでしょうか。

現在、日本国内でも様々なボードゲーム制作がなされており、徐々にサークルごと、もしくは作家さんごとの味が醸成されてきていると感じます。現にあのサークル（あのデザイナー）らしい作品だね、という声が twitterでもよく聞くようになってきました。

ボードゲームを「プロダクト・アウト」的に創作するというのは、自分たちなりの芸術性の追求であり、その人の世界観の表現であると思います。今後、その「らしさ」を出していける人たちは、いずれドイツでも「これ、○○らしいゲームだね！」と言われる日が来るのでは、と思います。

冒頭の質問「クリエイティブにターゲットは必要か？」に自答するならば、「ゲームシステムは一種の芸術だ。自分らしさを突き詰めて表現し、そこにフォロワーがいるなら必要ない。プロダクト・アウトのゲーム創作は十分に機能する」と考えました。


【任天堂とターゲットの捉え方の話】

しかしながら、自身でゲーム制作を実際に進めていると分かることがありました。
それは、どうやら自分はピカソにはなれないな、ということです。
そもそも、私には芸術的なセンスというものが、悲しいくらいありません。
学校の美術の時間は地獄でしたし、自分の考えを物に落とし込んで表現する、ということがとても苦手でした。また、ピカソがゲルニカに込めた思いのように、そんなに強烈に表現したい何かがあったわけでもありません。

そこで思ったのは、どうやら自分は「作りたいものを作る」スタイルでフォロワーを獲得するのは難しいなということです。いえ、弛まぬ努力を重ねれば、おそらくできないことはないとは思うのですが、多分勝てないし、自分の強みを活かせる領域ではないなと思うのです。

そこで、「マーケット・イン的」にゲーム作りをするのはどうか、と考えてみました。つまり、「こんな人たちにこんな風に遊んでほしいゲームはどんなもの？」という考え方です。

きっかけとなった任天堂の Wii成功の理由に関する記事です。これはとても印象的な内容を孕んでいました。
発売時期が近かったことから、当時 PS3とWii はよく比較されていましたが、売上ベースで見れば、 Wiiの圧勝でした。実際、任天堂の当時の株価は劇的に上がりましたね。
その理由は、簡単にいえば、 PS3はゲームクオリティを上げる方向性にこだわったが、 Wiiは「そもそものターゲットのとらえ方を変えた」、この差にあると分析されていました。
つまり、Wii は普段ゲームをしない層を巻き込むことに成功したわけで、そのギミックが体感型ゲームでの運動不足解消であったり、 DSの脳トレに代表される、実用性を持たせたゲームということです。

新しいターゲットを設定し、新たな価値をゲームというスタイルで提供する。
私はなんとなく、これにある種の「かっこよさ」を覚えました。
ピカソとは別の意味で、新しい世界を切り開いている感じ。ボードゲームも、こういうことができるのではないか。

そんなわけで、私はゲーム作りにおいて、遊び手を特定して、その人たちに提案していくことにしました。なるべく具体的なプレイシーンを提供し、遊びの形を提案できれば、ターゲットは絞られてしまうけれども、刺さる人には刺さるゲームが作れるぞと！

問題は、その人たちにどう伝えていくか（伝えるチャネルは？伝える内容は？）
そして、そもそも本当にそれをその人たちが求めているのか……？
資金のある企業であれば入念な調査を経て、投資するかどうかを決定するでしょうが、私はただの一個人、一サークルに過ぎません。知恵と勇気を振り絞って、ぶつかり続けて見えていくものを模索していくしかありません。

そんな中、ボードゲームデザインにおいて、現在もっとも重視しているのは「ドラマ性」というキーワードです。

【ゲームにおけるドラマ性をデザインする】

長い前置きを経てようやく主題に入ります。ボードゲームデザインに関してのみ興味がある方は、ここからお読みいただくのがベストです！

さて、突然ではありますが、人は「すぐに忘れる生き物だ」と言われています。有名な忘却曲線は 1か月で人は80%を忘れることを示しています。
しかしながら、自分がとても小さなころの出来事でも、未だ鮮明に覚えている出来事も、たくさんありますよね。そしてそれはたいていの場合、具体的なエピソードに紐づいているのではないでしょうか。
例えば、苦手なテストで初めて 100点をとったときは、そういえばその前日に母が鬼のような形相で勉強を見てくれていて、半泣きになりながらやっていたなぁ……とか（実話）。

強烈なインパクトのあるエピソードは記憶からなかなか離れません。それはネガティブな表現をすればトラウマですし、ポジティブに考えれば成功体験と言えるでしょう。

前提として、私は「普段ゲームをしない、もしくはボードゲームをしない人たち」を少しずつ巻き込んでいきたいと思っています。ですから、そういうことがしやすいゲームを作って提案していきたい。
そのためには、遊んだ時に、一定量の記憶に対するインパクトが必要ではないか、という仮説を持っています。記憶に残れば、情報は伝播されやすくなり、巻き込みの輪が広がっていくのではないでしょうか。
そのインパクトの重要な源泉の 1つこそ、ゲームのドラマ性ではないか、と私は考えているわけです。そして、多くのライトに遊ぶ人たちは、ゲームシステムとしての斬新さ・美しさもさることながら、ボードゲームのこの部分を楽しんでくれているのではないかと想定しています。

※ゲームのドラマ性については、過去の記事もお時間あればご参照ください
http://begin-boardgames.seesaa.net/article/407895547.html

私は、「ボードゲームにおけるドラマ性」を下記のことを指しています。

「プレイヤー間における選択の結果、様々な想定外の結末を生む仕掛け」

ゲームにおけるドラマ性とは偶然「起きる」ものでしょうか。
もちろん、それもあるでしょう。
しかし、ゲームにおいて、ドラマは「起こす」ことができるものです。
そこには下記のような条件が必要ではないか、と考えています。

1. 自由な選択

私が自らの意志で選んだから、ドラマが生まれます。それがすべての起点です。
主人公が周りに流され続けてハプニングが起こり続け、その結果ドラマが起こるということもあるかもしれません。ただ、その場合「これは私じゃなくてもいいね」と思うのではないでしょうか。

また、たとえ形式的に3つの選択肢が用意されていても、そのうち 1つしか現実的な選択肢がないとすれば、それはプレイヤーが選択しているとは言い難いと思います。
例えば、ほぼすべてのケースについて、この状況だと③しかありえないし、あの場合は②しかありえないなどです。これではシステムやルールに「選ばされている」とプレイヤーは感じてしまいそうです。
プレイヤーはそれぞれの選択において、分かりやすい報酬とリスクを提示された上で判断できる必要があります。これを自由な選択としました。

昔、オダギリジョー氏が出ているクレジットカードの TVCMで、いくつかのカードを持たされて「どうする、俺！？」というものがありましたが、まさにあの感じ。これはボードゲーム的体験の核の一つになっているのではないかと考えています。

もちろん、選択の結果ではなく、ランダム性によって偶然ドラマができることもあります。既に今回の企画で話題にも上がっている「人生ゲーム」はまさにそれで、自分で運命のルーレットを回し、自分の仮の人生と偶然を重ねて見るから盛り上がるのでしょう。
いずれにせよ、「これは私だからこうなったのだと感じられること」がドラマ性において重要と考えます。それを「ルーレットを回す」というアクションで担保するのか、あるいは「思考の結果何かを選ぶか」の差です。これは良し悪しではありませんが、私たちの提案したいボードゲームは「選択の結果」を重視しています。

引き出したい言葉
「うーん……どっちにしようかな……」
「あそこであれしとけばよかったなぁ……」


2. 他者への影響

そのプレイヤーの選択によって、そのプレイヤーの報酬とリスクのみが確定するのであれば、他プレイヤーにとってあまり関心のあることではありません。それはもはや対岸の火事であり、ときには早々に諦めてしまうことを招きます。

しかしながら、彼が変なことをするばかりに、私が大変なことになる。彼女の一手で状況が激変する。いわゆるソロプレイ感のないゲームは、ここのウェイトがとても大きく、だからこそドラマを生みやすいと思います。

引き出したい言葉
「えー、それだけはやめてー！！」


3. 予測不能性

前述2 つの事項に密接にかかわってくるところですが、予定調和の連続は退屈です。
そのためには、「ランダム要素があること」、「相手の情報が見えないこと」、「それぞれの一手が他の手に及ぼす関係性」が必要ではないでしょうか。
最後は前述とほぼ同じ事の繰り返しですが、もう少しだけ具体的に。
これはA が出されているとき、 Bが出されるとAにデメリット orメリットがある、のような物が数種類用意されているということです（関係性が多すぎて覚えられないのは逆にダメですが）。
例えばスカルキングにおける 3すくみの関係などです（スカルキング＞パイレーツ＞マーメード＞スカルキング）。
これにより、心の中では可能性があることを理解しているけれども、「今出せないはず！」⇒「出せますけど！？」のような流れが生じ、ドラマが生まれると考えています。

予測不能性という言葉は少し的を外しているかもしれません。
より正しくは、予測できないことはないのだけれども、「たぶん大丈夫だろうと思ってしまう状況」を作り出せるか、ということです。

引き出したい言葉
「そのカードあったのかー！！」
「ふっ……計画通り！」


4. 緩急

「最初から最後までクライマックスだぜ」という有名な台詞を、仮面ライダー電王のあるキャラクターが叫びました。しかし、もはやそれはクライマックスではありません、平時です。
もし名作「暴れん坊将軍」に戦闘シーンしかなければ、視聴者からすれば退屈と感じてしまうでしょう。あの話は、普段は穏やかで荘厳な雰囲気のある将軍様が、ひとたび悪人と見れば豪快に夜討ちでぶった切るのがたまらないわけです。
つまり、ドラマには起承転結、少なくとも「緩急」が必要と考えます。

ゲームで考えるとどういうことでしょうか。
カードゲームであれば、ある程度、効果の強弱をピーキーにすることがそれにあたるかもしれません。何もない時は淡々と進むけど、ひとたび何かが起こるとてんやわんやする。ここには忘れられないドラマが生まれる可能性があります。

また、プレイヤーを「油断させる仕組み」があると、なおよいと思います。
例えば、ククのカンビオにおける「猫」の役割。この子は実にいい仕事をします。通常カードを交換して一安心、となったところに猫の呪いで遡って脱落してしまうのです。これは驚きや悔しさ、そして面白い展開を生みやすいですね（予測不能性に近い話ですが）。


5.リプレイ要素

ゲームの上でドラマ性を生み出そうという試み上、どうしても運の要素が絡みやすい。場合によってはドラマが生まれず、部分的にしか楽しめないかもしれません。
そのため、1プレイを短く、具体的には「5分以内」で終わる。そして「ちょっとだけ考える」要素を与えて、「えっ、もう終わり！？ 物足りない！」という感情を引き出すようなゲームデザインできると素敵だと思います。その時に「考えさせる」という点はとても重要で、「まずゲームとして面白そうだ」と思ってもらわなければ、どんなに短くてもリプレイされないでしょう。
もしくは、ドミニオンのようなバリエーションを持ち、他のパターンも試してみたいという方向に誘導することも有効ではないかと思います。

そしてもちろん、1回のプレイで、起こしたい事象の発生確率をあげるのも重要だと思います。ただし、1通りのドラマしか起こりえないゲームなのであれば、それはまだまだ改善の余地があるとも思います。
定義の通り、「様々な」予想外の事象がおこり得る状態であるからこそ、複数回のプレイが自然と促進される。多分それが、私の提案したいゲームです。

【まとめ】

●「作りたいものを作って発表していくことができる」人たちは、今後一層、自分らしさを磨いた作品を完成させて、世界でも「○○らしい作品だね！」といわれる日がくることでしょう。

●一方で、「誰に何をどんなシーンで」などを具体化して、提案型でゲームを考える人も増えていくのではないでしょうか。私自身、ボードゲームに対しての新しいニーズを発掘していきたいと思います。

●私の想定しているターゲットに対して、重要なゲームの要素の一つは「ドラマ性」です。ドラマ性とは「プレイヤー間の選択の結果、一部、あるいは全プレイヤーにとって、様々な想定外の結末を生む仕掛け」と定義しています。

●ドラマ性を生み出すには「自由な選択」「他者への影響」「予測不能性」「緩急」「リプレイ要素」が必要ではないかと考えます。

【最後に】

ここまで約7,000文字と、長旅にお付き合いいただきありがとうございました。
ゲームをまだ1つも完成させてもいない人間の思いつきのような点が多々あり、諸先輩方からすれば既に分かっていることや、的外れかもしれません。
ただ、私自身の中で「何がやりたいのか」、「どうしていきたいのか」を考える良い機会になりました！
このような機会を与えてくださった、 I was gameのカレーさんには心から感謝を申し上げたいと思います。

これからも、当ブログと、ボドゲ制作サークル「こたつパーティー」ともども、よろしくお願いいたします。<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<strong>【はじめに】</strong><br /><br />この記事はI was gameのカレーさん主催<br /><strong> ”Board Game Design Advent Calendar 2014” </strong>の9日目として、<br />掲載しております。<br /><a href="http://www.adventar.org/calendars/447" target="_blank">http://www.adventar.org/calendars/447</a><br /><br />こんにちは、GM2015春に向けてゲームを制作している 「こたつパーティー」というサークルを主催しております、らりおと申します。<br /><a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a><br /><br />名だたるボードゲーム製作者たちの中、最近ボードゲームを始めたばかりで、まだ制作物を発表していない私がこの場で書くのはとても恐縮です。ただ、せっかく掴んだ機会ですので、私なりの考えを全力でお伝えできればと思います。<br /><br />テーマは<strong>「ボードゲームのドラマ性」</strong> について、となっております。<br /><br />ボヤっとした話から入るため、メインの話までたどり着くのに少しお時間をいただくことになりそうです。興味ある部分をピックアップしていただければと思います。<br />少しでも皆さんの閃きやアイデアに貢献できることがあれば幸いです。<br /><br /><strong>【ピカソとゲームデザインの話】</strong><br /><br />「ゲームにおけるドラマ性」の話に行く前に、少しだけ考えていることを書きたいと思います。<br /><br />私は普段、マーケティングに関わる仕事をしております。マーケティングは、お客様にどのように買っていただけるようにするか、という話ですが、はてさて、ボードゲーム制作の世界にそれは関係するのでしょうか。<br />マーケティングにおいて、常に意識しなければならないのは、<strong>「私たちのお客様は誰なのか？」</strong>ということ。このウェイトが非常に大きいと感じます。それに対してどんなコンセプトの製品をどのようなポジションで提案するのか。それによって製品仕様やメッセージ、そしてどこで販売するかなどが変わってきます。<br /><br />この記事の前半では、<strong>「クリエイティブにターゲットは必要なのだろうか」</strong>という、そんな素朴な疑問について考えてみます。<br /><br />クリエイティブは何か、と問われると、私のなかで最たるものは芸術作品です。<br />音楽や建築物や、絵画。<br />この世界には、名だたる芸術家と言われている人たちがいます。芸術に疎い私ですが、頭の中でパッと思い浮かぶのは、<strong>パブロ・ピカソ</strong>です。<br /><br />私がピカソの絵を初めて見たのは、たぶん幼稚園か小学校低学年のときでした。<br />母親にこの絵は数億円するといわれて、「なんでこんな変な絵が……」と幼い私は思ったものです。私には未だにその良さを理解できていませんし、 1万円と1 億円の絵を見せられて、どっちがどっちを判別することはできないと思います。<br /><br />ピカソについてWikipediaで調べてみると、面白いのは彼の山あり谷ありの人生の中で、彼自身そのものが絵画に表れていることです。その時々によって、絵のタッチ、スタイルが全く違うのです。<br /><br />私が感じたのは、なるほど、芸術の世界は完全な「プロダクト・アウト」なのだなということでした。とにかく彼は、描きたい物を、ただ描いていたのではないでしょうか。<br /><br />（※プロダクト・アウトはマーケティングの用語で、簡単にいえば「作りたいものを作る」「気に入ってくれた人が買ってくれればいい」というやり方です。<br />対義語は「マーケット・イン」と呼ばれています。こちらは「誰に買ってほしいかを想定して作る」というやり方になります。<br /><br />物が少なかった時代はプロダクト・アウトで多くの企業が成長をしてきましたが、近年は物が溢れ返り競争が激しく、ターゲットを絞って、まさにその人に向けた商品開発・マーケティングをしないとなかなか買ってもらえないと言われています。）<br /><br />芸術家は自分の世界観を何らかの形で表現しています。その中にはメッセージがあることもあれば、ないこともあるのでしょう。その世界観を理解し、気に入った人がファンになって、その作品の価値、その人自身の価値を作っていく。そんな風に感じました。<br />（もちろん技術的な素晴らしさもあるのだと思います）<br /><br />それでは、ボードゲームに置きかえてみるとどうなのだろうと。<br /><br />私は、ボードゲームのデザインは芸術に似た部分があると感じています。<br />私たちボードゲーマーはゲームをプレイしていて、時々、痺れるようなゲームデザインに出会うことがあります。思わず、「おおっ！」と声が出る。そして、まさにそれを体験したいからこそ様々なボードゲームを遊んでいる、といっても過言ではない気がしています。システム的な美しさと面白さ、ここが整っているゲームに感動を覚えるわけです。<br /><br />ドイツゲームデザイナーの巨匠と言われる人たちには、独特の世界観や得意技があります。ゲームをしていて、「クニッツィア氏らしいゲーム」と私たちが感じるのは、まさに彼の紡ぎ出す芸術性そのものではないでしょうか。<br /><br />現在、日本国内でも様々なボードゲーム制作がなされており、徐々にサークルごと、もしくは作家さんごとの味が醸成されてきていると感じます。現にあのサークル（あのデザイナー）らしい作品だね、という声が twitterでもよく聞くようになってきました。<br /><br />ボードゲームを「プロダクト・アウト」的に創作するというのは、自分たちなりの芸術性の追求であり、その人の世界観の表現であると思います。今後、その「らしさ」を出していける人たちは、いずれドイツでも「これ、○○らしいゲームだね！」と言われる日が来るのでは、と思います。<br /><br />冒頭の質問「クリエイティブにターゲットは必要か？」に自答するならば、「ゲームシステムは一種の芸術だ。自分らしさを突き詰めて表現し、そこにフォロワーがいるなら必要ない。プロダクト・アウトのゲーム創作は十分に機能する」と考えました。<br /><br /><br /><strong>【任天堂とターゲットの捉え方の話】</strong><br /><br />しかしながら、自身でゲーム制作を実際に進めていると分かることがありました。<br />それは、どうやら自分はピカソにはなれないな、ということです。<br />そもそも、私には芸術的なセンスというものが、悲しいくらいありません。<br />学校の美術の時間は地獄でしたし、自分の考えを物に落とし込んで表現する、ということがとても苦手でした。また、ピカソがゲルニカに込めた思いのように、そんなに強烈に表現したい何かがあったわけでもありません。<br /><br />そこで思ったのは、どうやら自分は「作りたいものを作る」スタイルでフォロワーを獲得するのは難しいなということです。いえ、弛まぬ努力を重ねれば、おそらくできないことはないとは思うのですが、多分勝てないし、自分の強みを活かせる領域ではないなと思うのです。<br /><br />そこで、「マーケット・イン的」にゲーム作りをするのはどうか、と考えてみました。つまり<strong>、「こんな人たちにこんな風に遊んでほしいゲームはどんなもの？」</strong>という考え方です。<br /><br />きっかけとなった任天堂の Wii成功の理由に関する記事です。これはとても印象的な内容を孕んでいました。<br />発売時期が近かったことから、当時 PS3とWii はよく比較されていましたが、売上ベースで見れば、 Wiiの圧勝でした。実際、任天堂の当時の株価は劇的に上がりましたね。<br />その理由は、簡単にいえば、 PS3はゲームクオリティを上げる方向性にこだわったが、 Wiiは<strong>「そもそものターゲットのとらえ方を変えた」</strong>、この差にあると分析されていました。<br />つまり、Wii は普段ゲームをしない層を巻き込むことに成功したわけで、そのギミックが体感型ゲームでの運動不足解消であったり、 DSの脳トレに代表される、実用性を持たせたゲームということです。<br /><br />新しいターゲットを設定し、新たな価値をゲームというスタイルで提供する。<br />私はなんとなく、これにある種の<strong>「かっこよさ」</strong>を覚えました。<br />ピカソとは別の意味で、新しい世界を切り開いている感じ。ボードゲームも、こういうことができるのではないか。<br /><br />そんなわけで、私はゲーム作りにおいて、遊び手を特定して、その人たちに提案していくことにしました。なるべく具体的なプレイシーンを提供し、遊びの形を提案できれば、ターゲットは絞られてしまうけれども、刺さる人には刺さるゲームが作れるぞと！<br /><br />問題は、その人たちにどう伝えていくか（伝えるチャネルは？伝える内容は？）<br />そして、そもそも本当にそれをその人たちが求めているのか……？<br />資金のある企業であれば入念な調査を経て、投資するかどうかを決定するでしょうが、私はただの一個人、一サークルに過ぎません。知恵と勇気を振り絞って、ぶつかり続けて見えていくものを模索していくしかありません。<br /><br />そんな中、ボードゲームデザインにおいて、現在もっとも重視しているのは<strong>「ドラマ性」</strong>というキーワードです。<br /><br /><strong>【ゲームにおけるドラマ性をデザインする】</strong><br /><br />長い前置きを経てようやく主題に入ります。ボードゲームデザインに関してのみ興味がある方は、ここからお読みいただくのがベストです！<br /><br />さて、突然ではありますが、人は<strong>「すぐに忘れる生き物だ」</strong>と言われています。有名な忘却曲線は 1か月で人は80%を忘れることを示しています。<br />しかしながら、自分がとても小さなころの出来事でも、未だ鮮明に覚えている出来事も、たくさんありますよね。そしてそれはたいていの場合、具体的なエピソードに紐づいているのではないでしょうか。<br />例えば、苦手なテストで初めて 100点をとったときは、そういえばその前日に母が鬼のような形相で勉強を見てくれていて、半泣きになりながらやっていたなぁ……とか（実話）。<br /><br />強烈なインパクトのあるエピソードは記憶からなかなか離れません。それはネガティブな表現をすればトラウマですし、ポジティブに考えれば成功体験と言えるでしょう。<br /><br />前提として、私は<strong>「普段ゲームをしない、もしくはボードゲームをしない人たち」</strong>を少しずつ巻き込んでいきたいと思っています。ですから、そういうことがしやすいゲームを作って提案していきたい。<br />そのためには、遊んだ時に、一定量の記憶に対するインパクトが必要ではないか、という仮説を持っています。記憶に残れば、情報は伝播されやすくなり、巻き込みの輪が広がっていくのではないでしょうか。<br />そのインパクトの重要な源泉の 1つこそ、ゲームのドラマ性ではないか、と私は考えているわけです。そして、多くのライトに遊ぶ人たちは、ゲームシステムとしての斬新さ・美しさもさることながら、ボードゲームのこの部分を楽しんでくれているのではないかと想定しています。<br /><br />※ゲームのドラマ性については、過去の記事もお時間あればご参照ください<br /><a href="http://begin-boardgames.seesaa.net/article/407895547.html" target="_blank">http://begin-boardgames.seesaa.net/article/407895547.html</a><br /><br />私は、「ボードゲームにおけるドラマ性」を下記のことを指しています。<br /><br /><strong>「プレイヤー間における選択の結果、様々な想定外の結末を生む仕掛け」</strong><br /><br />ゲームにおけるドラマ性とは偶然「起きる」ものでしょうか。<br />もちろん、それもあるでしょう。<br />しかし、ゲームにおいて、ドラマは「起こす」ことができるものです。<br />そこには下記のような条件が必要ではないか、と考えています。<br /><br /><strong>1. 自由な選択</strong><br /><br />私が自らの意志で選んだから、ドラマが生まれます。それがすべての起点です。<br />主人公が周りに流され続けてハプニングが起こり続け、その結果ドラマが起こるということもあるかもしれません。ただ、その場合「これは私じゃなくてもいいね」と思うのではないでしょうか。<br /><br />また、たとえ形式的に3つの選択肢が用意されていても、そのうち 1つしか現実的な選択肢がないとすれば、それはプレイヤーが選択しているとは言い難いと思います。<br />例えば、ほぼすべてのケースについて、この状況だと③しかありえないし、あの場合は②しかありえないなどです。これではシステムやルールに「選ばされている」とプレイヤーは感じてしまいそうです。<br />プレイヤーはそれぞれの選択において、分かりやすい報酬とリスクを提示された上で判断できる必要があります。これを自由な選択としました。<br /><br />昔、オダギリジョー氏が出ているクレジットカードの TVCMで、いくつかのカードを持たされて「どうする、俺！？」というものがありましたが、まさにあの感じ。これはボードゲーム的体験の核の一つになっているのではないかと考えています。<br /><br />もちろん、選択の結果ではなく、ランダム性によって偶然ドラマができることもあります。既に今回の企画で話題にも上がっている「人生ゲーム」はまさにそれで、自分で運命のルーレットを回し、自分の仮の人生と偶然を重ねて見るから盛り上がるのでしょう。<br />いずれにせよ、「これは私だからこうなったのだと感じられること」がドラマ性において重要と考えます。それを「ルーレットを回す」というアクションで担保するのか、あるいは「思考の結果何かを選ぶか」の差です。これは良し悪しではありませんが、私たちの提案したいボードゲームは「選択の結果」を重視しています。<br /><br />引き出したい言葉<br />「うーん……どっちにしようかな……」<br />「あそこであれしとけばよかったなぁ……」<br /><br /><br /><strong>2. 他者への影響</strong><br /><br />そのプレイヤーの選択によって、そのプレイヤーの報酬とリスクのみが確定するのであれば、他プレイヤーにとってあまり関心のあることではありません。それはもはや対岸の火事であり、ときには早々に諦めてしまうことを招きます。<br /><br />しかしながら、彼が変なことをするばかりに、私が大変なことになる。彼女の一手で状況が激変する。いわゆるソロプレイ感のないゲームは、ここのウェイトがとても大きく、だからこそドラマを生みやすいと思います。<br /><br />引き出したい言葉<br />「えー、それだけはやめてー！！」<br /><br /><br /><strong>3. 予測不能性</strong><br /><br />前述2 つの事項に密接にかかわってくるところですが、予定調和の連続は退屈です。<br />そのためには、「ランダム要素があること」、「相手の情報が見えないこと」、「それぞれの一手が他の手に及ぼす関係性」が必要ではないでしょうか。<br />最後は前述とほぼ同じ事の繰り返しですが、もう少しだけ具体的に。<br />これはA が出されているとき、 Bが出されるとAにデメリット orメリットがある、のような物が数種類用意されているということです（関係性が多すぎて覚えられないのは逆にダメですが）。<br />例えばスカルキングにおける 3すくみの関係などです（スカルキング＞パイレーツ＞マーメード＞スカルキング）。<br />これにより、心の中では可能性があることを理解しているけれども、「今出せないはず！」⇒「出せますけど！？」のような流れが生じ、ドラマが生まれると考えています。<br /><br />予測不能性という言葉は少し的を外しているかもしれません。<br />より正しくは、予測できないことはないのだけれども、「たぶん大丈夫だろうと思ってしまう状況」を作り出せるか、ということです。<br /><br />引き出したい言葉<br />「そのカードあったのかー！！」<br />「ふっ……計画通り！」<br /><br /><br /><strong>4. 緩急</strong><br /><br />「最初から最後までクライマックスだぜ」という有名な台詞を、仮面ライダー電王のあるキャラクターが叫びました。しかし、もはやそれはクライマックスではありません、平時です。<br />もし名作「暴れん坊将軍」に戦闘シーンしかなければ、視聴者からすれば退屈と感じてしまうでしょう。あの話は、普段は穏やかで荘厳な雰囲気のある将軍様が、ひとたび悪人と見れば豪快に夜討ちでぶった切るのがたまらないわけです。<br />つまり、ドラマには起承転結、少なくとも「緩急」が必要と考えます。<br /><br />ゲームで考えるとどういうことでしょうか。<br />カードゲームであれば、ある程度、効果の強弱をピーキーにすることがそれにあたるかもしれません。何もない時は淡々と進むけど、ひとたび何かが起こるとてんやわんやする。ここには忘れられないドラマが生まれる可能性があります。<br /><br />また、プレイヤーを「油断させる仕組み」があると、なおよいと思います。<br />例えば、ククのカンビオにおける「猫」の役割。この子は実にいい仕事をします。通常カードを交換して一安心、となったところに猫の呪いで遡って脱落してしまうのです。これは驚きや悔しさ、そして面白い展開を生みやすいですね（予測不能性に近い話ですが）。<br /><br /><br /><strong>5.リプレイ要素</strong><br /><br />ゲームの上でドラマ性を生み出そうという試み上、どうしても運の要素が絡みやすい。場合によってはドラマが生まれず、部分的にしか楽しめないかもしれません。<br />そのため、1プレイを短く、具体的には「5分以内」で終わる。そして「ちょっとだけ考える」要素を与えて、「えっ、もう終わり！？ 物足りない！」という感情を引き出すようなゲームデザインできると素敵だと思います。その時に「考えさせる」という点はとても重要で、「まずゲームとして面白そうだ」と思ってもらわなければ、どんなに短くてもリプレイされないでしょう。<br />もしくは、ドミニオンのようなバリエーションを持ち、他のパターンも試してみたいという方向に誘導することも有効ではないかと思います。<br /><br />そしてもちろん、1回のプレイで、起こしたい事象の発生確率をあげるのも重要だと思います。ただし、1通りのドラマしか起こりえないゲームなのであれば、それはまだまだ改善の余地があるとも思います。<br />定義の通り、「様々な」予想外の事象がおこり得る状態であるからこそ、複数回のプレイが自然と促進される。多分それが、私の提案したいゲームです。<br /><br /><strong>【まとめ】</strong><br /><br />●「作りたいものを作って発表していくことができる」人たちは、今後一層、自分らしさを磨いた作品を完成させて、世界でも「○○らしい作品だね！」といわれる日がくることでしょう。<br /><br />●一方で、「誰に何をどんなシーンで」などを具体化して、提案型でゲームを考える人も増えていくのではないでしょうか。私自身、ボードゲームに対しての新しいニーズを発掘していきたいと思います。<br /><br />●私の想定しているターゲットに対して、重要なゲームの要素の一つは「ドラマ性」です。ドラマ性とは「プレイヤー間の選択の結果、一部、あるいは全プレイヤーにとって、様々な想定外の結末を生む仕掛け」と定義しています。<br /><br />●ドラマ性を生み出すには「自由な選択」「他者への影響」「予測不能性」「緩急」「リプレイ要素」が必要ではないかと考えます。<br /><br /><strong>【最後に】</strong><br /><br />ここまで約7,000文字と、長旅にお付き合いいただきありがとうございました。<br />ゲームをまだ1つも完成させてもいない人間の思いつきのような点が多々あり、諸先輩方からすれば既に分かっていることや、的外れかもしれません。<br />ただ、私自身の中で「何がやりたいのか」、「どうしていきたいのか」を考える良い機会になりました！<br />このような機会を与えてくださった、 I was gameのカレーさんには心から感謝を申し上げたいと思います。<br /><br />これからも、当ブログと、ボドゲ制作サークル「こたつパーティー」ともども、よろしくお願いいたします。<a name="more"></a>

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            <category>ボードゲームコラム</category>
      <author>らりお</author>
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      <link>https://begin-boardgames.seesaa.net/article/409715581.html</link>
      <title>B to Bのボドゲビジネスについて考えてみる</title>
      <pubDate>Fri, 28 Nov 2014 12:47:43 +0900</pubDate>
            <description>ボドゲを作り始めてからというもの、このブログがビジネスからゲームそのものの話に移行している気がします。 これでは当ブログの差別化が十分にできていない！というわけで、久々にビジネス的ブログを書いてみます。つい先日、twitterで下記の会社の情報が回ってきました。ボードゲーム専門クラウドファンディング 合同会社wird様プロジェクト“A-JORITY”http://www.wird-net.com/index.html詳細はご覧になっていただければと思いますが、ニッチ市場に特化..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
ボドゲを作り始めてからというもの、このブログがビジネスからゲームそのものの話に移行している気がします。 これでは当ブログの差別化が十分にできていない！
というわけで、久々にビジネス的ブログを書いてみます。

つい先日、twitterで下記の会社の情報が回ってきました。

ボードゲーム専門クラウドファンディング 合同会社wird様
プロジェクト“A-JORITY”
http://www.wird-net.com/index.html

詳細はご覧になっていただければと思いますが、ニッチ市場に特化したコンサル型制作支援サービスという理解です。報酬形態は実績の10%～ということで、Camp fireやKick　starterなどの仕組み。
これら既存のクラウドファンディングサイトと比較した場合、A-JORITYはその新規性もあって、圧倒的に露出度・認知度が低いでしょう。この場合、どのように資金を集めるのかという点に、非常に興味があります。というのも、前述のサイトの成功要因はアクセス数（認知度）と決済システム（信用）であるためです。新規でニッチな市場に特化している場合、どういう風にプロジェクトをブランディングしていくのか、ここが非常に重要なポイントのはずです。

このプロジェクトの強みとしては、開発・製造・販売まで一括でサポートを受けられる点で、この需要がどの程度あるのかというのも気になる点です。現状私含め作品発表レベルで作っている方が多い中で、どの程度コンサルを受けることに価値を見出すのかは分かりません（たくさん売りたいというより、仲間内で作るのが楽しいという段階？）。ただ、新しい試みは常にワクワクするものですし、うまくいくといいなぁと思います！

さて、これはいわゆるB to Bに近いモデルのビジネスです。これまでこのブログではB to Cの話（というかマーケティング的な話）にフォーカスしてきましたが、ちょっとこの機会にB to B（正確にはB to B to Cまで含む）のビジネスについて、考えてみようと思います。

まず、ボードゲームのバリューチェーンについて整理をしてみます。

1. ゲームシステム開発
2. アートワーク
3. （資金調達）
4. 製造
5. 広告宣伝
6. （物流）
7. 販売

3と6については制作側によって異なるので、括弧書きとしました。
前述のA-JORITYは3を中心とした1～7の包括サービスなB to Bですね。
フローを参考にしながら、B to Bでビジネスを考えてみます。現段階でビジネス性があるか（儲かるか）は基準にせず、主観的に面白いか（あったらいいなぁ）を基準にしています。

※思いつくままに書いておりますので、既に存在するものもあるかもしれません。
またボードゲームだけを対象にしたビジネスモデルにはなっていません。その点はご容赦ください。

その１
【会社・製品をPRするボドゲ開発サービス】
「ゲームデザイナー⇒企業・団体」

BtoCのメーカーやあらゆる団体が伝えたいことをゲームにしますよ、というゲームデザイナーによるサービス提供。
難しいテーマを難しく伝えることは簡単！問題は、コミュニケーションは常に受け手が決めるということです。つまり、伝わらなければ伝える方が悪いと私は考えています。

たとえば新製品発表会などで、一方的なプレゼンをするのではなく、記者を巻き込むスタイルをとれると、情報拡散性は上がるでしょう。言葉や映像は他者が介在する余地はないですが、ゲームにその世界観を落とし込めれば他者でも体験ができます。体験できると没入感が上がり、印象に残ると思います。

難しいのはあらゆるものがゲームシステムに落とし込めるのか、という点ですね！
これはおそらくテーマによって向き不向きがあって、日常から縁遠いことを、ゲームを通して知ってもらう、みたいな感じがいいのではないでしょうか。
簡易なプロモーショングッズとして使用するのもありかも。

その2
【ものづくり共同広告サービス】

「広告プロフェッショナル⇒個人・団体でものづくりをする人たち」

全てのものづくり大好きさんたちへ、画期的な広告サービスのご提案です。
ボドゲ制作を含む、まだまだマイナーな領域は、一般層へ情報を拡散させる術があまりないです。そのため、同じ趣味の人たちの中でマーケットが形成され、広がりにくい構造になっています。「いや、俺はもっといろんな人に俺の作品を知ってほしいんだ！」という人、結構いるんじゃないでしょうか……？

そんな人たちが、広告テーマ、ターゲットと広告予算を設定します。Web広告のプロフェッショナルのサポートのもと、同じターゲットを狙っている人と共同で露出度の高い所に広告ができます。出資金額に応じて共同広告内の面積が変わるのか、広告出現率が変わる感じでしょうか。

その3
【ものづくりマッチングサイト】

「Webデザイナー⇒ものづくりをする人」

自分の趣味・得意を形にしたい人たちが集まるサイト。
各自がプロフィールを登録し、案件企画者がサイトにモノ作り企画を登録。求められているスキルを持っている人の元に案件が飛んでいく。
クラウドソーシングとの違いはお仕事じゃないよ、ってとこ。趣味レベルのスキルをレベルアップさせる、何かアウトプットをしたい人たちの、大人の遊び場的な位置づけ。
メンバー登録を月額課金にするのか、プレミアム機能課金にするのかでマネタイズする感じ？

その4
【テスト出店の支援サービス】

「イベント企画屋⇒ボードゲーム制作団体」

ボードゲームは流通に弱いきらいがあります。ポテンシャルはあると思うのです、認知されていないだけで……。
ヴィレッジバンガードなど少し尖ったものを販売しているショップとコネクションを持っている人が、ボドゲを店頭でテスト的に販売することを支援します。ビジネス案2と同様、いくつかの団体に共同出資をしてもらう形でしょうか。
ボドゲに限らず、マイナー分野を露出度の高い流通でテスト販売するのを支援するサービスは需要あると思います。鍵は流通側と強く握れるネットワークを持っているか、ですね。

その5
【施設への普及】

「ボードゲーム制作団体⇒様々な施設」

地方の旅館に行くと、木製のTパズルがあったりします。
ホテル、旅館などの宿泊施設、病院、老人ホームなどの介護施設、学校などの教育施設など、「人が集まる」「時間がある」場所にポテンシャルありかなと。
一定数無料配布＋ルール簡単（インスト動画にアクセス可能）＋通販ありの状態にして、広告塔になってもらう or 販売実績あるなら強気に売り込みもできそう。
問題は耐久性や紛失。最終的なご家庭での購買につなげるための導線が、とても大事だと思います。


儲かるかを別にすれば、いくらでも楽しそうなことはありそうです。というか枠組みが適当すぎて抜け漏れだらけですが、ご容赦ください……！
（今後も追記していくかも）

ボードゲームという領域でとらえるのではなく、個人のものづくりにフォーカスすれば、色々広がりは出そうな気がしますね。それだけで規模は大きくなりますし、ある程度のボリュームもとれそう。
個人的には2と4があると、やりたいことへの近道になるなぁと。

皆さんが考えるボードゲームに関わるビジネスアイデアがあれば、シェアくださいませ。案外書き出してみると、「これできるんじゃない？」とか思うから不思議ですね！

【ボードゲーム制作サークルPR】
こたつパーティー（こたパ）
「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」
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ボドゲを作り始めてからというもの、このブログがビジネスからゲームそのものの話に移行している気がします。 これでは当ブログの差別化が十分にできていない！<br />というわけで、久々にビジネス的ブログを書いてみます。<br /><br />つい先日、twitterで下記の会社の情報が回ってきました。<br /><br />ボードゲーム専門クラウドファンディング 合同会社wird様<br />プロジェクト“A-JORITY”<br /><a href="http://www.wird-net.com/index.html" target="_blank">http://www.wird-net.com/index.html</a><br /><br />詳細はご覧になっていただければと思いますが、ニッチ市場に特化したコンサル型制作支援サービスという理解です。報酬形態は実績の10%～ということで、Camp fireやKick　starterなどの仕組み。<br />これら既存のクラウドファンディングサイトと比較した場合、A-JORITYはその新規性もあって、圧倒的に露出度・認知度が低いでしょう。この場合、どのように資金を集めるのかという点に、非常に興味があります。というのも、前述のサイトの成功要因はアクセス数（認知度）と決済システム（信用）であるためです。新規でニッチな市場に特化している場合、どういう風にプロジェクトをブランディングしていくのか、ここが非常に重要なポイントのはずです。<br /><br />このプロジェクトの強みとしては、開発・製造・販売まで一括でサポートを受けられる点で、この需要がどの程度あるのかというのも気になる点です。現状私含め作品発表レベルで作っている方が多い中で、どの程度コンサルを受けることに価値を見出すのかは分かりません（たくさん売りたいというより、仲間内で作るのが楽しいという段階？）。ただ、新しい試みは常にワクワクするものですし、うまくいくといいなぁと思います！<br /><br />さて、これはいわゆるB to Bに近いモデルのビジネスです。これまでこのブログではB to Cの話（というかマーケティング的な話）にフォーカスしてきましたが、ちょっとこの機会にB to B（正確にはB to B to Cまで含む）のビジネスについて、考えてみようと思います。<br /><br />まず、ボードゲームのバリューチェーンについて整理をしてみます。<br /><br />1. ゲームシステム開発<br />2. アートワーク<br />3. （資金調達）<br />4. 製造<br />5. 広告宣伝<br />6. （物流）<br />7. 販売<br /><br />3と6については制作側によって異なるので、括弧書きとしました。<br />前述のA-JORITYは3を中心とした1～7の包括サービスなB to Bですね。<br />フローを参考にしながら、B to Bでビジネスを考えてみます。現段階でビジネス性があるか（儲かるか）は基準にせず、主観的に面白いか（あったらいいなぁ）を基準にしています。<br /><br />※思いつくままに書いておりますので、既に存在するものもあるかもしれません。<br />またボードゲームだけを対象にしたビジネスモデルにはなっていません。その点はご容赦ください。<br /><br />その１<br /><strong>【会社・製品をPRするボドゲ開発サービス】</strong><br />「ゲームデザイナー⇒企業・団体」<br /><br />BtoCのメーカーやあらゆる団体が伝えたいことをゲームにしますよ、というゲームデザイナーによるサービス提供。<br />難しいテーマを難しく伝えることは簡単！問題は、コミュニケーションは常に受け手が決めるということです。つまり、伝わらなければ伝える方が悪いと私は考えています。<br /><br />たとえば新製品発表会などで、一方的なプレゼンをするのではなく、記者を巻き込むスタイルをとれると、情報拡散性は上がるでしょう。言葉や映像は他者が介在する余地はないですが、ゲームにその世界観を落とし込めれば他者でも体験ができます。体験できると没入感が上がり、印象に残ると思います。<br /><br />難しいのはあらゆるものがゲームシステムに落とし込めるのか、という点ですね！<br />これはおそらくテーマによって向き不向きがあって、日常から縁遠いことを、ゲームを通して知ってもらう、みたいな感じがいいのではないでしょうか。<br />簡易なプロモーショングッズとして使用するのもありかも。<br /><br />その2<br /><strong>【ものづくり共同広告サービス】</strong><br /><br />「広告プロフェッショナル⇒個人・団体でものづくりをする人たち」<br /><br />全てのものづくり大好きさんたちへ、画期的な広告サービスのご提案です。<br />ボドゲ制作を含む、まだまだマイナーな領域は、一般層へ情報を拡散させる術があまりないです。そのため、同じ趣味の人たちの中でマーケットが形成され、広がりにくい構造になっています。「いや、俺はもっといろんな人に俺の作品を知ってほしいんだ！」という人、結構いるんじゃないでしょうか……？<br /><br />そんな人たちが、広告テーマ、ターゲットと広告予算を設定します。Web広告のプロフェッショナルのサポートのもと、同じターゲットを狙っている人と共同で露出度の高い所に広告ができます。出資金額に応じて共同広告内の面積が変わるのか、広告出現率が変わる感じでしょうか。<br /><br />その3<br /><strong>【ものづくりマッチングサイト】</strong><br /><br />「Webデザイナー⇒ものづくりをする人」<br /><br />自分の趣味・得意を形にしたい人たちが集まるサイト。<br />各自がプロフィールを登録し、案件企画者がサイトにモノ作り企画を登録。求められているスキルを持っている人の元に案件が飛んでいく。<br />クラウドソーシングとの違いはお仕事じゃないよ、ってとこ。趣味レベルのスキルをレベルアップさせる、何かアウトプットをしたい人たちの、大人の遊び場的な位置づけ。<br />メンバー登録を月額課金にするのか、プレミアム機能課金にするのかでマネタイズする感じ？<br /><br />その4<br /><strong>【テスト出店の支援サービス】</strong><br /><br />「イベント企画屋⇒ボードゲーム制作団体」<br /><br />ボードゲームは流通に弱いきらいがあります。ポテンシャルはあると思うのです、認知されていないだけで……。<br />ヴィレッジバンガードなど少し尖ったものを販売しているショップとコネクションを持っている人が、ボドゲを店頭でテスト的に販売することを支援します。ビジネス案2と同様、いくつかの団体に共同出資をしてもらう形でしょうか。<br />ボドゲに限らず、マイナー分野を露出度の高い流通でテスト販売するのを支援するサービスは需要あると思います。鍵は流通側と強く握れるネットワークを持っているか、ですね。<br /><br />その5<br /><strong>【施設への普及】</strong><br /><br />「ボードゲーム制作団体⇒様々な施設」<br /><br />地方の旅館に行くと、木製のTパズルがあったりします。<br />ホテル、旅館などの宿泊施設、病院、老人ホームなどの介護施設、学校などの教育施設など、「人が集まる」「時間がある」場所にポテンシャルありかなと。<br />一定数無料配布＋ルール簡単（インスト動画にアクセス可能）＋通販ありの状態にして、広告塔になってもらう or 販売実績あるなら強気に売り込みもできそう。<br />問題は耐久性や紛失。最終的なご家庭での購買につなげるための導線が、とても大事だと思います。<br /><br /><br />儲かるかを別にすれば、いくらでも楽しそうなことはありそうです。というか枠組みが適当すぎて抜け漏れだらけですが、ご容赦ください……！<br />（今後も追記していくかも）<br /><br />ボードゲームという領域でとらえるのではなく、個人のものづくりにフォーカスすれば、色々広がりは出そうな気がしますね。それだけで規模は大きくなりますし、ある程度のボリュームもとれそう。<br />個人的には2と4があると、やりたいことへの近道になるなぁと。<br /><br />皆さんが考えるボードゲームに関わるビジネスアイデアがあれば、シェアくださいませ。案外書き出してみると、「これできるんじゃない？」とか思うから不思議ですね！<br /><br /><strong>【ボードゲーム制作サークルPR】</strong><br />こたつパーティー（こたパ）<br />「あなたの毎日に、もっとボードゲームを！」<br />WEB：<a href="http://www.kotatsu-party.com/" target="_blank">http://www.kotatsu-party.com/</a>　<br />ブログ：<a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/</a>　<br />Twitter: @kotatsu_pa<br /><br />Podcast「こたトーク！」<br />「あなたの隙間時間を、ちょっとだけ彩るボードゲームトーク」<br /><a href="http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html" target="_blank">http://kotatsu-party.sblo.jp/article/104937190.html</a><a name="more"></a>

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            <category>アイデア</category>
      <author>らりお</author>
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